複線型人事制度とは?導入方法やメリット・デメリットなどを解説
複線型人事制度は、1つの企業内に多様なキャリアコースを並立させた、多元的な人事管理システムです。企業が総合職、専門職、エリア限定職などのキャリアコースを複数設定し、従業員自らがキャリアコースを選択することで、自律的なキャリア形成をサポートする効果が期待されています。
今回は、複線型人事制度の定義や従来の単線型人事制度との違い、複線型人事制度の導入方法、導入にあたって検討すべきメリット・デメリットなどについて解説します。
1.複線型人事制度とは、多様なキャリアコースを並立させた人事管理システムのこと
複線型人事制度は、1つの企業内に多様なキャリアコースを並立させた、多元的な人事管理システムです。この制度を導入している企業の多くは、総合職、専門職、エリア限定職などの複数のキャリアコースを設けています。また、コースごとに採用計画を策定し、採用後のキャリアアッププランや賃金上昇率、スキルアップに必要な教育研修計画などの管理も行います。
複線型人事制度を導入することにより、企業は個々の従業員の能力や適性に合わせたキャリアを提供することが可能になります。また、制度導入によって従業員一人ひとりのキャリアの選択肢も広がるため、従業員が自らキャリアを考えて行動しやすくなり、結果的にキャリア自律を促進しやすいといえるのです。
2.単線型人事制度との違い
従来型の単線型人事制度と複線型人事制度との違いは、企業が用意したキャリアコースが1つのみか、複数あるかという点にあります。
単線型人事制度とは、社内でキャリアを高めるためのコースが1つしか存在しない人事制度です。従来の日本の人事制度では、年功序列や終身雇用などの影響も相まって、昇級や昇格の道が1つに絞られている傾向がありました。
この単線型人事制度において、従業員が特定のポジションや役職に昇進するためには、企業に指定されたステップを順番に進む必要があります。具体的には、一定期間の経験を積んだ後に、課長、部長、部門長など、上級のポジションへ昇進するといったキャリアルートなどが挙げられます。
このように明確な昇進基準が存在するため、単線型人事制度では企業が設定したキャリアルートに沿って自身の経験を蓄積し、スキルを高めることが可能です。その一方で、従業員の個々の能力や意欲に合わないキャリアルートしか存在しない企業の場合、従業員の労働意欲の低下や転職リスクが発生する可能性があるというデメリットもあります。また、企業側から見ても、従業員一人ひとりに適したキャリアルートを提供することができないため、従業員の能力を最大限に活かすことが難しい制度ともいえるでしょう。
3.複線型人事制度において重要な3つの要素とは?
複線型人事制度を導入し、企業内で従業員の能力や意欲に応じて選択しやすいキャリアコースを複数設定することで、従業員が個人の適性に合わせて経験を積みながらスキルを身につけ、発揮する効果を期待できます。
ここでは、複線型人事制度でキャリアコースを設定する上で重要な3つの要素をご紹介します。
1)キャリア志向
従業員一人ひとりのキャリア志向は、複線型人事制度におけるキャリアコースを設定する上で、重要な要素のひとつです。
例えば、従業員が経営幹部やマネージャーになることを想定したキャリアコースは、組織全体を大きくする役割を果たしたいと考える従業員にとって重要なコースです。このコースに進んだ場合、多様な社員のマネジメントを行いつつ、会社方針を理解しながら推進する役割を担うため、将来の経営幹部として、またはマネージャーとしてのスキルや経験を積むことができます。
2)適性
従業員それぞれの適性も、複線型人事制度におけるキャリアコースを設定する上では欠かせない要素です。
複線型人事制度を導入している企業の場合、「管理職コース」「専門職コース」「専任職コース」などの従業員のスキルや特性に応じたコースを設定しています。
それぞれのコースの概要は、下記のとおりです。
■適性の観点によって設定する各キャリアコースの概要
コースの種類 | 概要 |
---|---|
管理職コース | 管理職を目指すキャリアコース。マネージャーとして部下・後輩の指導とともに、売上アップなど企業の目標を達成するための業務を遂行する |
専門職コース | 技術職・士業などのスキルや資格を持つ専門職としての活躍が期待されるキャリアコース。従業員はこのコースを通じて、専門的な知識や技術を習得し、特定の業界や学術分野の専門家として活躍することを目指す |
専任職コース | 総務・人事・法務・労務などのバックオフィスや、秘書など実務や経験値が重視される職種の育成を行うキャリアコース。このコースを通じて実務経験を積み重ねながら、企業の円滑な運営を支えるための専門的なスキルを磨くことができる |
3)職種
一人ひとりの職種も、複線型人事制度におけるキャリアコースを設定する上で重要な要素です。
複線型人事制度を導入している企業の場合、営業や人事、経理や法務、マーケティングといった職務内容に応じたキャリアコースを設定しています。企業はこれらのキャリアコースを設定することで、特定の職種に関するスペシャリストを育成することが可能です。このキャリアコースの場合、職種を超えたキャリア転換は難しくなるため、基本的にはスペシャリストの育成を目指して実施します。
4.複線型人事制度の導入方法
複線型人事制度を導入したい場合、企業はどのように実施すればよいのでしょうか。
ここでは、複線型人事制度の導入方法について、順を追って解説します。
1)必要な人材を定義する
複線型人事制度の導入に際して、まずは自社にどのような人材が必要なのかを定義します。
会社の事業成長に必要な人材像がイメージできたら、それに紐づくポジションを設置します。また、そのポジションに求められる専門性やスキルも割り出しましょう。例えば、マネージャーの場合はリーダーシップや組織マネジメントのスキル、エンジニアの場合は技術的な知識やプロジェクト管理能力などのスキルが、それぞれ必要だといえます。
2)キャリアコースを作成する
企業の成長のために必要なポジションを定義したら、次はポジションに求められる専門性やスキルを明確化して、キャリアコースを作成しましょう。
スキルを明確にするためには、現場の従業員の協力が必要不可欠です。現場の従業員は、日々業務を行いながら、同時にさまざまなスキルを身につけています。現場の従業員の経験や知識をヒアリングし、さらに従業員の意見やフィードバックを積極的に取り入れることで、人材育成のために最適なキャリアコースを作成することができます。
3)設定したスキルと評価・報酬を紐づける
キャリアコースを作成した後は、従来の人事制度を見直し、新たに設定したスキルと複線型人事制度の評価ランク・報酬を紐づけましょう。
例えば、従業員のスキルが高い場合は、高い職位や報酬を得られることで、業務に対するモチベーションと会社に対するロイヤルティを高めることができます。逆に、スキルが足りない場合は、どのようにしたらステップアップができるのかを明確にし、従業員が目指しやすい情報提供や支援を企業側が率先して行うことが大切です。
4)説明会や研修を実施する
複線型人事制度を導入する際には、従業員に対して、説明会や研修などを実施することも大切です。
従来の単線型人事制度から複線型人事制度への移行により、従業員を取り巻く環境は、大きく変化するといえます。そのため、一人ひとりの従業員に制度導入の背景を十分に理解してもらう必要があるのです。
説明会においては、制度変更の背景や評価基準、フィードバックの方法についてわかりやすく伝えることが重要です。また、キャリア研修では、制度の変更を踏まえて自らの強みや今後のキャリア志向を明確にできるような時間設計が必要となります。
さらに、管理職層などの評価者に対しても、新たな制度を理解した上で従業員を適切にマネジメントしてもらえるような説明が必要です。新しい基準で従業員を適切に評価するためのガイドラインの提供やトレーニングの実施、キャリアコースにおける評価の一貫性・公平性を保つ取り組みなども重要となります。
5)コースごとに従業員を配置する
複線型人事制度が整った後は、従業員の実績やキャリアの志向性を考慮し、キャリアコースごとに配置を行いましょう。
この配置の際、従業員の能力や適性に応じた役割を与えることが、複線型人事制度を円滑に導入するポイントとなります。
5.複線型人事制度を導入するメリット
複線型人事制度を導入することで、企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
ここでは、複線型人事制度を導入するメリットを3つご紹介します。
1)従業員のモチベーションが向上しやすくなる
従業員のモチベーションが向上しやすくなる点は、複線型人事制度を導入するメリットのひとつです。
複線型人事制度の導入によって、企業は従業員一人ひとりに対して、自身の能力に応じたキャリアコースを選択できる環境を提供可能になります。そうすることで、従業員の能動的な成長を促しやすくなります。
2)技術や知識を蓄積できる
技術や知識を蓄積できる点も、複線型人事制度を導入するメリットです。
「専門職」などのキャリアコースを設定することで、企業は従業員に対して特定のスキル向上に特化した研修プログラムやセミナーを提供することができます。そうすることで、従業員は最新の技術や業界の動向について効率的に学習でき、結果的に企業内にさまざまな技術や知識を蓄積できるようになるのです。
3)ライフスタイルに合わせたキャリア選択ができる
複線型人事制度の導入によって、従業員はそれぞれのライフスタイルに合ったキャリアを選ぶことができます。
具体的には転勤がない「エリア限定職」など、ライフスタイルの変化に対応したキャリアコースを複数選択できる環境を整備することで、従業員が自らの人生設計に合わせて仕事を選択しやすくなります。これによって、所属場所だけが理由の、やむを得ない離職を避けられるでしょう。
また、複線型人事制度においては、エリア限定職へのキャリアコースの転換を行うなどの対応も可能です。このような対応を行うことで、従業員の「防げた離職」を避けることもできます。
6.複線型人事制度のデメリット
複線型人事制度には、メリットだけではなくデメリットもあります。
複線型人事制度の導入を検討する際は、下記の点を踏まえておきましょう。
1)導入時にコストがかかる
導入時にある程度のコストがかかる点は、複線型人事制度のデメリットです。
キャリアコースを複数開発し、それぞれで研修プログラムを設計する場合、人事部門の増員や外部のコンサルティングが必要となる可能性があります。そのため、複線型人事制度を導入する際には、あらかじめ十分な予算があるかどうかを確認しましょう。
2)評価の方法や基準が複雑になる
複線型人事制度では、キャリアコースによって成果を評価する方法が異なるため、単線型人事制度と比べて企業内での評価基準やキャリアパスが複雑化する傾向にあります。
従業員自身がキャリアコースごとに設定された評価基準に納得できなかった場合、業務に対するモチベーションが低下し、場合によっては離職につながってしまうおそれもあります。そのため、複線型人事制度を新たに導入する際には、導入の背景や意図、従業員に対するメリットなどについて、きちんと説明する機会を設けることが大切です。
7.目的を明確にした上で、複線型人事制度を導入しよう
複線型人事制度は、1つの企業内に多様なキャリアコースを並立させた、多元的な人事管理システムです。この制度を導入し、高いスキルを持つ従業員を育成するためには、まず制度を導入する目的を明確にすることが重要です。さらに、複線型人事制度を効果的に運用するためには、現場の従業員と連携した評価制度の設計や研修プログラムの策定など、さまざまな施策を行う必要があることを押さえておきましょう。
株式会社ライフワークスでは、従業員のキャリア開発を検討・実施する方に向け、さまざまなソリューションをご提供しています。制度変更に伴って従業員がキャリアを考える必要性が生じることがあります。そうした際にはキャリア研修や、キャリア支援の仕組みの見直しなどが可能ですので、ぜひお気軽にお問い合わせください。
この記事の編集担当
黄瀬 真理
大学卒業後、システム開発に関わった後、人材業界で転職支援、企業向けキャリア開発支援などに幅広く関わる。複業、ワーケーションなど、時間や場所に捉われない働き方を自らも実践中。
国家資格キャリアコンサルタント/ プロティアン・キャリア協会広報アンバサダー / 人的資本経営リーダー認証者/ management3.0受講認定
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