人的資本の情報開示とは?義務化の内容や19項目、背景やメリットを解説!
人的資本の情報開示とは、自社の従業員の状況に関する情報をステークホルダーに示すことです。2022年に「人的資本可視化指針」が公表され、多くの企業が対応に追われているのではないでしょうか?この人的資本開示については、やみくもに対応するのではなく、求められている概要、メリットをしっかり経営陣と関連部門が理解し、適切に対応していく必要があるでしょう。
この記事では、人的資本経営の開示の概要や動向、背景、実施の際の注意点などを網羅的に解説しております。人的資本経営の概要や背景などを理解し、社員の人的資本経営に関する課題意識を向上させ、人的資本の価値を高めるために、ぜひ、ご一読ください。
1.人的資本とは
1)人的資本とは
まず、人的資本とは、企業が有する経営資源のうち、「人」の持つ能力を「資本」として捉える考え方を指します。もっと詳しく言うと、企業の構成員としての個人が持つ資質や能力を、企業の付加価値を生み出す資本とみなしたものと言えます。企業価値は、年々、このような無形財産に重点シフトしているため、まさに人的資本は、これからの企業にとって重要な位置づけになっています。
2)人的資本と人的資源の違い
よく聞く人的資源との違いは何でしょうか?一般的に、人的資源は「人、モノ、カネ」の経営資源の内の一つであり、人を「費用・コスト」として見なす考え方である一方、人的資本の資本は、上記の通り、その人が持つ能力やスキルを「資本」と捉えるという違いがあります。
2.人的資本の情報開示とは
1)人的資本の情報開示
人的資本の情報開示とは、一言でいうと、自社の人材育成方針や、社内環境整備方針などについて社内外に公表することです。財務情報と同じように、社内外に向けて公表することを義務化したもので、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されます。
2)人的資本可視化指針とは
2022年8月30日、内閣官房の非財務情報可視化研究会から、「人的資本可視化指針」が公表されました。
上記のように、人的資本の可視化への期待が高まる中、特に人的資本に関する資本市場への情報開示の在り方に焦点を当てて、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性について包括的に整理した手引きとして編纂されたものとなります。
【参考引用:人的資本可視化指針 -非財務情報可視化研究会資料-20220830shiryou1.pdf (cas.go.jp)】
3)ISO30414とは
ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本に関する情報開示のガイドラインです。 ISO30414は、内部及び外部のステークホルダーに対する人的資本に関する報告のための指針であり、労働力の持続可能性をサポートするため、組織に対する人的資本の貢献を考察し、透明性を高めることを目的として発表されました
項目 | 概要 | 具体例 |
---|---|---|
1.コンプライアンスと倫理 | ビジネス規範に対するコンプライアンスの測定指標 | 苦情の件数 懲戒処分の件数 |
2.コスト | 採用・雇用・離職等労働力のコストに関する測定指標 | 総人件費 外部人件費 |
3.ダイバーシティ | 労働力とリーダーシップチームの特徴を示す指標 | 労働者の多様性 リーダー層の多様性 |
4.リーダーシップ | 従業員の管理職への信頼等の指標 | リーダーシップに対しての信頼度 管理下においている従業員の数 |
5.組織文化 | エンゲージメント等従業員意識と従業員定着率の測定指標 | 従業員エンゲージメント・満足度 従業員の定着率 |
6.健康,安全 | 労災等に関連する指標 | 仕事中の負傷、事故、病気による損失時間 労働災害の件数 |
7.生産性 | 人的資本の生産性と組織パフォーマンスに対する貢献をとらえる指標 | 従業員1人当たりの売り上げ・利益 人的資本に関する利益率 |
8.採用・異動・離職 | 人事プロセスを通じ適切な人的資本を提供する企業の能力を示す指標 | 各ポジションの候補者数 |
9.スキルと能力 | 個々の人的資本の質と内容を示す指標 | 教育費用 教育活動の時間数 |
10.後継者計画 | 対象ポジションに対しどの程度承継候補者が育成されているかを示す指標 | 後継者の有効率 後継者の準備率 |
11.労働力 | 従業員数等の指標 | 総従業員数 休職者数 |
4)人的資本の情報開示義務化
人的資本の開示を求める動きは、世界的にも高まっております。例えば、アメリカではすでに、上場企業に対して情報開示が義務づけられています。 日本でも2023年3月期決算から、人的資本開示の義務化が決定されています。2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、人的資本に係る開示を行う必要があります。
3.人的資本の情報開示が求められている背景・理由
人的資本の情報開示が求められている背景・理由は、一体何があるのでしょうか?以下7点あげて説明します。
1)資本の価値向上
従来、人材は「コスト」と考えられていたため、人的資本への注力がほとんどされていない状態でした。
しかし、IT・デジタル化が進んでいる現代において、「ヒト」にしかできない業務があることや、IT化の推進には「ヒト」の能力が必要であることが社会的に認識されるようになり、人的資本の価値が向上したと考えられます。人もしっかり投資を行えば、物資資本と同じように価値が高まり、貴重な資産となり得るのです。
2)ESG投資への関心の高まり
人的資本は「社会」に関連していると考えられているため、ESG投資の判断材料として、人的資本の情報の開示が求められています。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの要素になります。昨今では、急速にSDGsの考え方が市場に浸透してきており、ESG や SDGs への取り組みを含めたサステナビリティ経営が注目されている中、ESGの「社会(Social)」に位置づけられている人的資本が、関心を集めているのです。
3)国内における人的資本の情報開示の動向
実は、日本でも、2020年頃から人的資本の情報開示における動きが進んでいます。日本で人的資本の情報開示に注目が集まるきっかけになったのが、2020年に公開された「人材版伊藤レポート」と言われています。2020年からの国内における情報開示の流れも、人的資本の情報開示に拍車がかかった背景といえそうです。
【参考:人材版伊藤レポート 20200930_1.pdf (meti.go.jp)】
実際、2020年以前から、日本の多くの大企業では、サステナビリティレポート等の中で、女性管理職比率、育休取得率、一人当たり研修費用などの重要指標は、広く開示をしている傾向がありましたが、今回の流れを受けて、より広範囲に適用されることになるでしょう。
4)伊藤レポートの公開
2022年には人的資本経営を進めるための有効なアイデア・視点をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」が公表され、一気に注目が集ったという背景があります。「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営を実践する際の、最新の潮流をふまえた内容となっており、「3つの視点・5つの共通要素」のフレームワークに基づきます。
【参考:人材版伊藤レポート2.0 report2.0.pdf (meti.go.jp)】
5)金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告の公表
2022年12月27日に金融庁が、「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告」を公表したことも、人的資本の情報開示を後押ししているといえるでしょう。同報告では、四半期開示について、金商法上の四半期報告書(第1・第3四半期)を廃止して取引所の四半期決算短信に「一本化」する方向性が示されました。また、この具体化に向けた課題や、併せて、サステナビリティ開示に関し、我が国におけるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の役割の明確化やロードマップについて、引き続き検討することとされました。
6)内閣官房・非財務情報可視化研究会より「人的資本可視化指針」の公表
上述の通り、2022年8月30日、内閣官房の非財務情報可視化研究会から、「人的資本可視化指針」が公表されたことも見逃せない背景でしょう。人的資本可視化指針は、特に人的資本に関する資本市場への情報開示の在り方に焦点を当てて、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性について包括的に整理した手引きとして編纂されたものとされています。
7)開示府令の施行
金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告を踏まえて、企業内容等の開示に関する内閣府令等が2023年1月31日に改正されました。これによって、有価証券報告書等においてサステナビリティ情報の開示が求められることになったほか、多様性の指標に関する開示も求められることになりました。
4.人的資本の情報開示のメリット
では、人的資本の情報開示のメリットとは何でしょうか?以下3点があげられるでしょう。
1)人材戦略や方向性が明確化される
自社の強みや弱みを数値情報として可視化し、他社との比較をすることで、企業の優位性や経営戦略を明確化していくことは、大きなメリットになると思われます。株主・投資家にとっても、人的資本の価値が高まる戦略、方向性が打ち出されるということは、投資を検討する際に安心感・信頼感を保つことができそうです。
2)株主や投資家との対話の糸口になる
株主や投資家などの重要なステークホルダーからの率直な意見や評価、フィードバックを自社の目標や経営方針に取り入れることができるでしょう。それが、組織課題の改善や強化につながるメリットがあります。人的資本開示をしなければ、ステークホルダーなどからの率直な意見を取り入れることが難しくなるため、独りよがりの経営戦略・施策を取るリスクがあります。
3)ブランディングや採用活動に良い影響を与える
人的資本の開示によって、企業の方針やビジョン・パーパス(存在意義)を広く知ってもらうことが可能となり、その結果、社会からの共感や支持が得られ、ブランドイメージや人材の採用活動にも良い影響をもたらすと考えられます。特に慢性的な人材不足とされる令和時代において、人的資本の向上に積極的に取り組んでいるというイメージを社会に与えることは、人材獲得に大きなメリットをもたらすでしょう。
4)社会的に信用度が増す
人的資本をしっかり情報開示していくことは、自社の情報を透明化するだけでなく、「開示できる」能力と意思を示すことにもなり、社会的に信用度が増すことが考えられます。
5.人的資本開示の義務が求められる企業
人的資本開示の義務が求められる企業は、有価証券報告書を発行する大手企業4000社とされています。
令和5年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用されます。
6.人的資本の情報開示で求められる内容(人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野19項目)
2022年8月に、内閣官房が策定した「人的資本可視化指針」では、人的資本の望ましい開示項目として7分野19項目が記載されています。開示項目の詳細は以下です。
参考:「人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野19項目と観点」を参考に作成
出典:内閣官房 非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」
7.人的資本の情報開示に向けて企業がすべきこと
人的資本の情報開示に向けて企業がすべきことは、次の4点が挙げられるでしょう。
1)情報の計測環境を整備する
人的資本の情報開示に向けて必要な計測環境を整備する必要があるでしょう。社内のどの部門・チームが該当する計測情報を取得し、アップデートしていくのか、社内での役割分担を明確にすることも重要です。加えて、これに対応するITシステムやツールなどの計測環境を整えていき、担当者が使いこなすトレーニングを実施することも重要になるでしょう。
2)戦略的なKPI・目的を策定する
上記を踏まえたうえで、戦略的なKPI・目的を策定する必要がありそうです。一番重要なことは、「人的資本開示を持って、自社は何を目指すのか?」です。各々の開示項目について、担当部門の意見を踏まえて、適切な目標・KPIを持つことが大事になるでしょう。
例えば、ダイバーシティの項目については、女性の管理職登用率や、育休取得率を指標とすることが考えられるでしょう。エンゲージメントの項目については、従業員サーベイを通じた各エンゲージメント指標の向上をKPIとすることが考えられるでしょう。育成の項目については、社員に提供した一人当たり研修時間や費用等がそれにあたるかもしれません。上記のように、項目ごとにしっかり目標を設定し、各部門と連携しながら、戦略的に進めていくことが何より大事になっていくでしょう。
3)従業員の声に耳を傾ける
戦略的なKPIや目標を設定したなら、従業員の声に耳を傾けることも必要でしょう。当然ながら、人的資本の情報開示内容や社内のKPI・目標値は、従業員も目にすることとなります。従業員にとって、会社の進むべき方向性から乖離していると感じるKPIや目標の場合、従業員のモチベーションが下がる可能性があります。例えば、従業員サーベイなどを活用し、従業員の現状を把握し、従業員に伝わる説明を必要に応じて現場ごとでしていくことも大切でしょう。
4)施策内容をブラッシュアップする
人的資本開示の施策内容は、都度ブラッシュアップしていくことが必要です。開示した施策内容は、開示して終わりでなく、その後、該当する指標や目標値をいかにブラッシュアップしていくかが重要です。
8.人的資本の情報開示に向けて注意点やポイント
人的資本の情報開示に向けて注意点やポイントとは何でしょうか?4点挙げてみます。
1)自社が開示すべき情報を精査・可視化する
自社が開示すべき情報を精査・可視化する必要があるでしょう。特に背伸びをした数字を開示してしまうと、後々、社会的な信頼が失墜していくことになりそうです。開示すべき情報は、社内で複眼的に議論して、しっかり精査することが大事です。
2)情報は定量で示せるようにする
情報は可能な限り、定量で示すことも大事でしょう。人的資本というと、定量的というより、定性的な情報と捉えられがちですが、可能な限り定量的に把握する体制を整えることも大事です。例えば、従業員のエンゲージメント、モチベーションの状況も、毎年のサーベイなどで数値にして定点観測することが必要でしょう。できる限り「定量的」「率」(男性育休取得率、研修受講率など)で示すことも大事な取り組みです。定量的だからこそ、投資家や株主は他社と比較することができ、より透明性を持ったデータとして受け入れられるでしょう。
3)開示内容は企業優位性を意識する
開示内容は企業優位性を意識するようにします。開示内容が、他社と比べても優位性を保てるよう、事前に対策を立て、実行していく必要があるでしょう。せっかく開示をしても、同業他社よりあからさまに劣後しているようなデータを継続開示していては、開示の努力も報われません。開示内容のすべてとはいかなくても、特定の項目に絞るなどして、自社の優位性が出せる対策・方針を立てて、実行していくことが大事になるでしょう。
4)開示内容にストーリーをもたせる
開示内容にストーリー性をもたせることも重要です。開示内容を持って、どのようなストーリーを企業が描くのかを訴求することで、社会に対して、未来への期待を示すことができるでしょう。単なるデータの開示だけでなく、その構成から、自社はどのようなビジョンを描くのかを示していくと、ステークホルダーから信頼が得られそうです。
9.人的資本の価値を高めるためには
では、最後に人的資本の価値を高めるためにはどうしたらよいでしょうか?3点あげてみましょう。
1)経営戦略と人材戦略を結びつけて戦略を考える
人的資本の価値を高めるには、経営戦略と人材戦略を密接に結びつける必要があるでしょう。経営層レベルで人材戦略を議論し、経営戦略を連動させることで、より人的資本の価値を高めることが可能となるでしょう。経営層の理解を得たうえで、実施となれば、全社足並みをそろえて、スピーディーな取り組みに発展することが可能となります。
2)個々の役割・権限を明確にする
そのうえで、個々の役割・権限を明確にすることも重要です。人的資本開示は、人事の一部門のみがかかわるイベントではありません。全社をあげて、この施策に取り組む以上、総責任者を置いたうえで、その部門ごとの役割、権限を明確にする必要があるでしょう。
3)研修・教育体制・人員配置など環境の整備をする
研修・教育体制・人員配置など、人事担当が本テーマに対応するための環境整備も欠かせません。人的資本開示は、単なる事務的な作業ではなく、企業戦略ともとらえられます。この人的資本開示の背景の説明や、各項目の指標の置き方、戦略的な目標設定や、日常の運営事項まで、人事担当に対してのインプットを行うのも肝要です。
10.まとめ
人的資本の情報開示において、自社の従業員の状況に関する情報をステークホルダーにできる限り定量的に開示をしていくことが必要となります。この取り組みこそが、企業の優位性をアピールすることにもなるでしょう。今まで、人材は「コスト」とみなされてきましたが、これからは貴重な「資本」とみなし、どのような戦略とビジョンで、人的資本の向上を目指して行くのか、社会に広く示せることが非常に重要です。
特に、企業はこれらを重要施策としてとらえ、経営陣から人事部門、他の関連部門までが、その場しのぎの対策ではなく、全体戦略として浸透させ、実行していくことが重要になります。今一度、その概要と留意点を振り返ったうえで、取り組みを強化してはいかがでしょうか。
この記事の編集担当
黄瀬 真理
大学卒業後、システム開発に関わった後、人材業界で転職支援、企業向けキャリア開発支援などに幅広く関わる。複業、ワーケーションなど、時間や場所に捉われない働き方を自らも実践中。
国家資格キャリアコンサルタント/ プロティアン・キャリア協会広報アンバサダー / 人的資本経営リーダー認証者/ management3.0受講認定
talentbook:https://www.talent-book.jp/lifeworks/stories/49055
Twitter:https://twitter.com/RussiaRikugame
Linkedin:https://www.linkedin.com/in/marikinose/