個の自律を応援し、組織を強くする仕組みとしての「兼業解禁」 ~株式会社ロート製薬の取り組み

2017年3月に決定された「働き方改革実行計画」を踏まえ、国が普及・推進する「副業」「兼業」。すでに副業・兼業の解禁に踏み切っている企業では、組織や社員にどんな変化が起きているのでしょうか。2016年2月より社員の兼業を認める「社外チャレンジワーク」および、部署を掛け持ちできる「社内ダブルジョブ」を実施しているロート製薬株式会社にお話をうかがいました。

2018.08.29
企業事例

自分たちが倍量・倍速で"成長するために"。社員の発案で始まった「兼業解禁」

御社が創業117年目に打ち出した「社外チャレンジワーク」と「社内ダブルジョブ」は、「老舗企業」の他社に先駆けた「兼業解禁」として、2016年2月当時、大変注目されました。すでに多くのメディアで報道されていますが、「兼業解禁」は社員の方々の発案から始まったとか。

当社では2003年から「ARK(明日のロートを考える)」と名づけられたプロジェクトが不定期に立ち上げられていました。ARKプロジェクトは経営者層から投げかけられた中長期的な経営課題について、自ら手を挙げた社員たちが考えるというもので、いわば、経営者と社員のキャッチボール。経営者層からはなかなかハードな球を投げてくるんです(笑)。ところが、毎回、社員側もかなりの球を返していましてね。「兼業解禁」の発想も、2014年に「人事改革」をテーマに召集されたARKプロジェクトから出てきました。

この「人事改革」プロジェクトでまず話し合われたのは、事業環境の変化の中、社員一人ひとりがどのように成長していけばいいのかということでした。ロート製薬は「目薬の会社」として皆さんに親しんでいただいていますが、近年は化粧品事業が売上高の7割を占め、2013年からは「食」や「再生医療」にも領域を広げて、循環型農薬や新発想の植物工場、最先端の再生医療の知見を、一部の人のためではなく多くの人の手に届くための研究などさまざまな新規事業を進めています。

既存の延長ではない新しい事業を生み出すには、これまでと同じことを物量と時間でやっても太刀打ちできません。倍量・倍速で"働く"のではなく、自分たちの働き方や考え方を根本から変えることのよって倍量・倍速で"成長"しなければいけない。そのために何が必要か、という観点から、「兼業解禁」以外にも「テレワーク推進」「事業提案制度」といった20以上のアイデアが出てきました。それらの中からどれをやるのかを選び、形にするのは人事部の仕事だと言われ、正直なところ、最初は「かなわんなぁ」と(笑)。

たくさんのアイデアの中から、「兼業解禁」を選んだ理由は?

ロート製薬には「常識の枠を超えて、挑み続ける」「人がやらないことをやる」という企業精神が受け継がれています。本質的に考えれば、社員を一つの可能性や枠にとどめるのは工業化真っ只中の時代ならいざしらず、多様性が必要な今の時代にはそぐわないと考え、あえて先例のない兼業を認める「社外チャレンジワーク」と社内で複数の部署に所属する「社内ダブルジョブ」の実施を進めることにしました。

また、当社では人事異動でも思い切った配置転換が行われることがよくあり、社員にとっては環境変化に適応する大変さもあるものの、複数の部門を経験することのよって多様な視点が培われ、柔軟な発想が生まれることが多いと感じていました。部門の枠、会社の枠を超えることが常識の枠を超えることにつながり、一人ひとりの社員の成長を促す。そう確信していたことが、「兼業解禁」の実施を進めた前提としてありました。

社員を"コントロールしないための"仕組みづくり

「社外チャレンジワーク」を制度として運営するうえで配慮されたことは?

届出制で、条件を「入社3年目以上」「自分の時間を使ってできるもの(就業時間外・休日で実施)」とし、細かい制約は何も決めずにスタートしました。

「会社の業務がおろそかにならないのか」「時間管理をどうするのか」といった懸念の声は社内から上がりませんでしたか?

あったかもしれませんが、「走りながら、考えよう」というのが前提でした。ただ、走りながら考えると"解禁しないリスク"の方がより顕著になってきました。とは言え、人事として一番気になったのは、社員の健康管理です。そこで、「社外チャレンジワーク」を始める前に、上司が部下の社外ワークの内容や負荷を大まかに把握するための簡単な面談を実施する仕組みを作りました。また、ロート製薬での業務については勤怠管理をきちんと行い、オーバーワークになりそうな場合は負担を減らすよう上司層に配慮を促しました。

「社外チャレンジワーク」実施から2年が経ちました。これまでの間に生じた運営面の課題や、新たに設けたルールはありますか?

img_rohto_02.jpgこれから社員が社外でもより活躍しやすいよう調整も行われていくかもしれませんが、現時点では特にありません。そもそも、「社外チャレンジワーク」の仕組みづくりにおける課題は社員を"コントロールしないための"仕組みをいかに作るか、でした。考えてみれば、就業時間外に社員がやっていることに対して、会社があれやこれや言うのは不思議な話ですよね。無償でやっているなら何も言わないのに、少しでも報酬が発生したら関与したり、縛り付けるというのは筋が通らない。だから、兼業についてなるべくルールは設けなくていいし、その方が社員の自律的な学びを促すのではと当初から考えていましたが、実施をしてみて、やはりそれでいいんだなと感じています。

ひとつだけ、私は現在広報を担当していまして、その視点から配慮していることをお話ししますと、兼業をしている社員を社名つきで紹介するような記事を積極的にはメディアに出していません。これは「兼業している人はすごい」「兼業していない人は乗り遅れている」というような価値観を世の中に対しても、社内においても発信したくないからです。兼業はあくまでの社員の学びの機会のひとつに過ぎず、自分の時間をどう使うかは社員が自ら決めるべきことだと考えています。

人の能力はひとつじゃない。兼業で社員の潜在力が開花

現在、兼業されている社員はどのくらいいらっしゃいますか?

「社外チャレンジワーク」開始直後に登録した社員は、およそ1500名の国内正社員のうち約60名でしたが、求人が見つからないなどの理由で実際に兼業していたのはその半数ほどでした。現在は登録者が約70名で、そのほとんどが実際に兼業をしています。

登録者の方々はどのようなお仕事と兼業されているのでしょう?

薬剤師の資格を持っている社員がドラッグストアで働くといったロート製薬の業務に関連した仕事をしている人もいますが、関連性のないことをしている人の方が多いですね。例えば、国際関連の業務を当社で担当しながらお笑いの脚本を書いたり、生産管理を担当していた奈良県出身の社員が同県の地ビールの販売会社を立ち上げたり...。地方自治体の課題を解決するべく、公募に応える形で応募・採用され、月に数度市役所で働いている社員もいます。

兼業されている社員の方々に変化は?

タイムマネジメントなど大変なことももちろんあるようですが、それぞれ自分で選んだ好きなことをやっているので、いきいきとしています。社内業務に対する姿勢もむしろ積極的になっており、周囲にもいい影響を与えていると感じるケースが多いです。また、兼業によって社員の秘めた能力や関心が周囲に知られることになり、上司による部下のタレントメネジメントにもプラスの効果を与えています。兼業による新たな能力をしらしめた社員が、その結果その能力を活かせる部署に異動になるという、社員に会社側がアジャストさせるという例もでてきています。

社員の可能性を発見し、そこから事業が生まれているんですね。

img_rohto_04.jpg「社外チャレンジワーク」によって、「人の能力はひとつではない」ということを改めて実感しています。会社員として働いているけれど、実は絵が上手だったり、楽器の演奏がプロ並みだったり、「秘めた力」を持った人はたくさんいるはず。兼業によって社員の潜在力が開花し、元気になっていく姿を見るのは気持ちがいいですね。ただし、兼業先で学んだことを会社に持ち帰ってほしいという期待はもちろんありますが、それは会社の事業に直接的に結びつくものである必要はないというのが当社の考えです。大げさな言い方かもしれませんが、「社外チャレンジワーク」で社員が活躍すれば、社会も元気になる。それはロート製薬の「私たちは、社会を支え、明日の世界を創るために仕事をしています」という経営理念にも合致しています。

人材流出を恐れるなら、社員の「囲い込み」は逆効果

ライフワークスではキャリア研修を通して、ミドル・シニア層の社員の方々のキャリア自律支援にも力を入れていまして、副業や兼業が「役職定年」などの大きな環境変化後に自分の可能性を再発見し、新たな役割を創造していくきっかけにもなるのではとお話をうかがいながら感じました。「社外チャレンジワーク」の登録者にはミドル・シニア層の方々も多いですか?

登録者数に年代による差はほとんどなく、20代も50代も同じくらいいます。ただ、若い層に人脈のない分野に飛び込む人が多いのに対し、ミドル・シニア層では知人から声をかけられた仕事をやってみる人が多いといったアプローチの違いはあります。

当社では役職定年制度を導入していないので、副業や兼業が「役職定年」後の社員にどんな影響を与えるかはわかりませんが、私見としてお話させていただくと、兼業によって社会での役割を複数持っていると、年代にかかわらず、精神的なバランスを保ちやすく、モラルダウンを起こしにくいと言えるかもしれないですね。

企業の管理職の約8割が個人的には副業・兼業に好意的というデータ(2018年6月アデコ株式会社「副業・複業に関する調査」)もある一方で、日本企業の約7割が副業・兼業を禁止しています。理由として長時間労働や情報漏洩に対する懸念のほか、「人材が流出してしまうのでは」という心配もあるようですが、兼業をされている社員をご覧になっていて、この点についてはどうお考えになっていますか?

一人ひとりの社員の胸の内まではわかりませんが、社内での業務への姿勢を見る限り、会社へのコミットメントの低下は全く感じません。人材流出を恐れるなら、むしろ会社に人材を「囲い込む」方が流出の可能性は高くなると思います。特に今の20代、30代の人たちは定年まで同じ会社で働くことに固執しない傾向がありますし、会社の仕事以外に、NPOなどで社会貢献活動をしたいという人も多い。彼ら、彼女らが「入りたい」「ここで働きたい」と思う企業であるためには、副業・兼業に限らず、個の自律を尊重し、応援する仕組みを作ることが不可欠。それが最終的に組織を強くしていくことにもなると考えています。

また、「つくる」だけでなく、既存の制約を壊していくことも大事ですよね。「社外チャレンジワーク」や「社内ダブルジョブ」にしても、当社としては新しいものを作ったというよりは、本来はなくていい制約を壊しただけと捉えています。

お話を伺った方:
ロート製薬株式会社 広報・CSV推進部 副部長 矢倉 芳夫 さん

1985年ロート製薬入社。広告・営業・広報・通販事業を経て、人事部マネジャーとして「社外チャレンジワーク」「社内ダブルジョブ」の制度化に携わる。2016年6月より現職。

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