ソフトバンク株式会社に聞くソフトバンク×電通共同プロジェクト「越境ワーカー」第1回 運営事務局インタビュー
所属する組織以外の場所で自発的に学び、それまでにはない視点を学ぶ「越境学習」。人材開発の新たなアプローチとして注目されています。本連載ではその実践例を皆さんに知っていただくことを目的に、ソフトバンク株式会社に取材のご協力をいただき、同社と株式会社電通が共同で取り組みを進めている越境学習プロジェクト「越境ワーカー」について3回にわたってご紹介します。
第1回では、「越境ワーカー」運営事務局メンバーでソフトバンクのグループ会社であるSBクラウド株式会社 李承姫さんとソフトバンク株式会社 片岡渉さんに「越境ワーカー」の内容や実施までの経緯、社員の越境学習を施策化するためのポイントなどをうかがいました。
越境学習の楽しさをわかち合いたいという事務局メンバーの思いから始まった
「越境ワーカー」とはどのようなプロジェクトなのでしょう?
片岡さん(以下敬称略):参加企業が相互に社員を受け入れて各種の課題解決を目指すオープンプロジェクトです。相手方の企業に出向してその企業の社員として働くのではなく、協同のプロジェクトに自社の社員として参加するのが特徴で、双方の社員の越境学習を実現するだけでなく、さまざまな経験や知識を持つ社員の交流を通してイノベーションを生み出していくことを目的としています。第一期は当社と電通さんが連携して、当社の社員が電通さんの企画したプロジェクトに、電通さんの社員が当社の企画したプロジェクトにそれぞれ参画してもらい、2018年5月から3カ月間実施しました。
ソフトバンクの第一期「越境ワーカー」は人事総務統括(人事、総務、法務、CSR部門)と給与計算や社会保険などの人事サービスを提供する子会社のSBアットワークの社員を対象に募集し、5名が参加。ダイバーシティ社会に対するビジョンやソリューションを提供する「電通ダイバーシティ・ラボ」に受け入れていただき、電通さんの社員の方々と一緒にインクルーシブ・マーケティング(※)のソリューション開発に取り組みました。
※従来のマーケティングの課題でもあった「多様な個人への目線の拡大」をさらに前進させ、生活者の多様性を前提とした企業のより積極的な社会価値創出により、社会と共に自社事業の持続的成長を促進していく新たなマーケティング概念。「電通ダイバーシティ・ラボ」が2017年8月に発表。
一方、ソフトバンクは「未来実現推進室(ミラスイ)」に電通さんから越境ワーカー4名を迎えました。「ミラスイ」はバックオフィスの未来を考え、その実現を推進していくために2017年に当社の人事総務統括内に設置された組織で、越境ワーカーの皆さんにはバックオフィスでのIT活用を促進するための企画の立案・実現にご参画いただきました。頻繁に当社にお越しいただいたので運営事務局メンバーともすっかり顔なじみになって、社員食堂で気軽にあいさつし合うというようなこともよくありました(笑)。
楽しそうですね! このような取り組みを始めた経緯を教えていただけますか?
李さん(以下敬称略):前提として、電通さんなど東京・汐留地区に拠点を置く企業とは人事ネットワークの活動などを通して以前から交流がありました。そういった中で「企業間でお互いの社員を受け入れることによって、越境学習を実現できるような仕組みがあると面白そうだね」という話が出てきて、ソフトバンクの人事に所属する有志4人で事務局を立ち上げたのがはじまりです。
事務局メンバーの所属部署はバラバラなのですが、他社交流会や勉強会など社外活動に積極的に参加してきた点で共通しています。「越境ワーカー」の取り組みを始めた原動力は、自分たちの感じてきた越境学習の楽しさを多くの人と分かち合いたいという気持ちが大きかったですね。
施策の実施にあたり、社内承認はスムーズに得られましたか?
李:2017年夏ごろから交流のある企業に相談しながら企画を練り、第一期を電通さんと実施できる目処がついたのが2017年末。2018年の年明けに人事本部のマネージャー層へ、続けて人事総務統括とSBアットワーク各部署のマネージャー層へ会議で企画を提案し、その場ですぐ承認頂きました。施策について社内で理解を得るために、事務局が最も大切にしたのは施策の目的や効果をしっかりと伝えることです。
どのようにお伝えになったのでしょう?
李:一般に企業規模が大きい会社は部署間の壁ができやすいもの。とりわけコーポレート部門のスタッフは渉外の機会も少なく思考が内向きになりがちですが、企業がイノベーションを図るには組織内部から変革を起こす必要があり、コーポレート部門にこそ多様な考え方や知識を学び、新たな発想を生み出すことが求められます。そのための学びの場を作りたいという事務局メンバーの思いを伝えました。
片岡:企画の提案に対するマネージャー層の反応はかなりポジティブで、もっと対象者を増やしたいという声が上がったほど。越境ワーカーの募集も事務局では当初「まずは人事部門を対象に小規模から始めよう」と話していたのですが、管理職からの提案で対象部門を広げました。スムーズに承認された背景として、当社では2017年10月から働き方改革の一環で副業の許可や他社交流会の実施など社外活動の推進を行っており、越境学習に対する理解の下地があったことも影響していると思います。
運営事務局間のやりとりそのものが「越境学習」の場に
「越境ワーカー」の仕組み作りをするうえで、苦労されたことは?
片岡:越境ワーカーの受け入れ部署をどこにして、どのような課題に取り組んでもらうのかについては、結構悩みました。最終的に「ミラスイ」に決めた理由のひとつは、企業秘密や社員の個人情報に触れない部署であり、情報漏洩のリスクが低いこと。また、バックオフィスの未来形という新しいものを探っていく部署なので、越境ワーカーを受け入れることによる「化学反応」がポジティブな効果をもたらしやすいのではと考えました。「ミラスイ」の室長に越境学習への理解があり、「まあ、やってみようか」と言ってくれたのも大きかったと思います。
李:課題の設定については、「ひとつの企業に閉じたものではなく、オープンプロジェクトとして社会に還元できるものにしましょう」と電通さんの事務局との間で方向性を決めました。受け入れ企業の独自性が高い課題だと、越境ワーカーがそこで経験したことを自社や社会に還元しにくく、一方的な「労働提供」になってしまいがちだからです。越境ワーカーを通じた学びを両社に還元することは私たちも意識していたのですが、社会にも還元できるものにしようという発想はさまざまな領域でのコミュニケーションをデザインする電通さんならでは。運営事務局間の協議そのものが越境学習の場になっていたのが印象的です。
プロジェクトに参加する社員はどのようにお決めになったんですか?
李:手挙げ制で、志望動機の内容をもとに決定しました。選定基準の一つは、越境学習によって何かを与えてもらおうという姿勢ではなく、「やってみたい」「学びたい」という能動的な姿勢があるかどうか。多数の応募がありましたが、結果的に人事総務統括配下でも人事、総務、法務、CSR、及びSBアットワークと、多様な部署から参加頂くこととなりました。
第一期は年代の目安も応募時に設けましたが、若手からベテラン社員まで、積極的に手を挙げて参加頂くことができました。「越境ワーカー」の活動は勤務時間中に行うため、所属部署の上長の承認を得た後に応募することを条件としています。
プロジェクト崩壊の危機発生!? その時、事務局は...
「越境ワーカー」の活動開始後、ハプニングは?
李:初めのころにひとつだけありました。「ミラスイ」に受け入れた越境ワーカーの皆さんがプロジェクトの課題解決のために出してくださったアイデアが、「ミラスイ」のメンバーがもともと考えていた2018年上半期の活動内容とややかみ合わず、議論が紛糾しそうになったのです。
このままでは越境ワーカーの皆さんにも「ミラスイ」のメンバーにも負荷が大きくなり過ぎてしまう。今だから言えますが、「プロジェクト崩壊の危機!?」と青ざめました。
事務局として何か対応はされましたか?
李:難しい場面と感じましたが、越境学習の効果は異なる価値観がぶつかり合ってこそ生まれるので、私たちが介入すると活動の意味が失われてしまう。越境ワーカーの皆さんと「ミラスイ」の力を信じて待ちました。実際、彼らの力はすごかったですね。何度も話し合いを重ねて方向性を見出し、アウトプットは私たちの期待以上のものでした。
当社から越境学習に参加したメンバーについてはとにかく楽しそうに活動してくれて、全員の表情がどんどん変わっていったのが印象的でした。活動期間終了後に開催した報告会でも越境学習による成長を感じさせる発言が多く、うれしかったですね。あと、「周りにも越境ワーカーを勧めたい」「プライベートの時間を使ってでもまたやりたい」という声を聞いた時には、事務局冥利に尽きると思いました。
働き方やキャリアのあり方は社会全体で考えていくもの
今後実施するにあたって、お考えになっていることをお聞かせいただけますか?
李:今回の反省点として、先ほどお話ししたように「ミラスイ」と越境ワーカーの間でプロジェクトの課題の捉え方にズレが生じてしまい、スタートダッシュを切るまでにかなり時間がかかってしまったことが挙げられます。課題設定のための議論そのものには意味があり、事務局が枠組みを決め込む必要はないと思うのですが、プロジェクトをゼロからみんなで考えるのか、ある程度受け入れ母体のやりたいことを前提に越境ワーカーと一緒にアイデアを考えていくのかによって必要な時間が違ってくるので、「越境ワーカー」を実施する企業の事務局同士がすり合わせをきちんとして、スタートダッシュを早く切れるようコーディネートすることが大切だと考えています。
片岡:複数の意味で「選択肢を増やしていきたいね」という話も出ています。まず、越境学習を行う企業の選択肢。単純にいろいろな企業で越境学習できるチャンスがあるのは楽しいですし、複数の企業間で実施して所属企業が異なるメンバーでチームを構成すれば、新たな学びがより多くなるはずです。
また、活動期間の選択肢も増やしたいですね。一期は本業との兼ね合いを考慮して3カ月とし、週1回・1時間を目安に活動をスタートしましたが、「時間が足りないから、もっとやりたい」という声が多く、期間終了後も活動を続けているメンバーもいます。一方、手を挙げられなかった社員の中からは「本業との調整が難しいから、もっと短期間のプロジェクトの方が参加しやすい」という声もありました。半年や数日などいろいろなパターンで実施できればと検討しています。あとは、必要に応じて実施対象の部門を広げていくことも可能性として考えられます。
李:一期は電通さんとソフトバンクで実施しましたが、もともと2社間だけの取り組みにするつもりはありません。「越境ワーカー」の仕組みも実施する企業の組み合わせによってカタチを変えていくものだと考えています。働き方やキャリアのあり方は社会全体で考えていかなければ新たな可能性を見出すことは難しいので、参加企業はどんどん増やしていきたいですね。
お話を伺った方:
SBクラウド株式会社
事業推進統括部 管理部 管理課 HR 李 承姫 さん
ソフトバンク株式会社
人事総務統括 人事本部 採用・人材開発統括部 人材開発部 人材開発1課 片岡 渉 さん