越境し、「他流試合」をすることで見えてくるものとは?―「キャリア越境学習プログラム」参加者グループインタビュー
所属する組織とは違った環境で「他流試合」を経験することにより、新たな学びを得る「越境学習」。近年、注目されはじめ、人材育成プログラムに取り入れる企業も出てきています。「キャリア越境学習プログラム」に取り組んだ個人は、どのような動機で参加し、プログラムに取り組むことでどのような変化を経験しているのでしょうか。
今回は、低侵襲医療(インターベンション)に特化した外資系医療メーカー、ボストン・サイエンティフィック ジャパン株式会社にお邪魔し、同社で2019年秋に実施した「キャリア越境学習プログラム」に参加された社員のみなさんにお話をうかがいました。
キャリア越境学習プログラム
2019年度にボストン・サイエンティフィック ジャパン株式会社で実施された内容。
実施期間:約2カ月(研修日3日間)
対象者:別日に実施された40代キャリア研修受講者から募った希望者
参加者:12名
越境先企業:テクノロジーベンチャー2社(6名のチームにわかれ、各1社)
座談会メンバー紹介
菊地 貴宏さん
業務推進統括本部 情報技術部 シニアマネジャー
システム運用を管轄、配下には約10名、社内アプリの提供、インフラストラクチャー、ヘルプデスクを提供。
牧野 岳志さん
経理財務本部 ファイナンシャルプランニング部 プリンシパルアナリスト
CFA協会認定証券アナリスト 米国公認会計士
経理財務本部のアナリストとして、事業部の業績・財務分析や提携・投資案件の収益性評価を担当。
挾間 寛子さん
法務・コンプライアンス本部 シニアスペシャリスト
特約店等チャネルパートナーのコンプライアンス管理のためのグローバルプロジェクトを担当。
※役職はインタビュー時点のものとなります
キャリア越境学習プログラムに参加した動機はそれぞれ
「キャリア越境学習プログラム」に参加された理由は?
菊地(敬称略):人事部からの情報は常にチェックしていて、おもに部下への情報共有のためだったのですが、このプログラムは自分が受けてみたいと思いました。日常業務であまり他業種の人と会うことがなく、他社との情報交流からマネジメントのヒントを得たいという思いが以前からあったので、ベンチャーでプロボノ活動ができるというのは貴重な機会だと感じました。
また、僕は入社15年目で、当社では社歴の長い方。将来のキャリアを考えると、年齢的に新しいことに挑戦をするなら今だという思いから、転職も選択肢として考えていました。そういう時期でしたから、自分がこのプログラムを受けることによって、どんな学びがあるかをすぐにイメージできたのが大きかったですね。
挾間:私は入社13年目で、ずっと法務コンプライアンスの業務に携わっており、今後どう成長していけばいいのか、モヤモヤした気持ちがありました。そんな時にこのプログラムの実施を知り、実際に越境先の課題解決を提案できるという点に魅力を感じました。単純に、新しい経験ができるのがいいなと。業務上、社外の方と接する機会が少なく、そもそも社内でも限られた部署とのやりとりしかないので、さまざまな人たちと交流できるのも面白そうだなと思いました。
牧野:私は、軽い気持ちで応募したというのが正直なところです(笑)。40代までずっと財務畑でキャリアを重ね、このままでは専門分野しか知らない人間になってしまうのではという危機感を持っていたので、このプログラムが視野を広げるためのきっかけになればと思いました。あとは、いろいろな人たちと協働できるというのが、やはり大きかったですね。社員同士でさえ、ふだん交流のある人というのは限られていますから。
最初は、越境先企業が何をやっている会社かもわからなかった
菊地さんと牧野さんの越境先企業はバイオ関連ベンチャー、挾間さんの越境先はミクロ領域の力学物性評価技術を核としたベンチャーとうかがいました。越境先企業のビジネスについて、事前にどの程度ご存知でしたか?
牧野:あらかじめ知らされていたのは企業名と簡単な事業概要のみでした。専門性が高く、何をやっているのか理解できませんでした。実のところ、今も理解し切れていません(笑)。
挾間:私もそうでした。ホームページを拝見したり、少し調べてはみたのですが、よくわかりませんでした。
活動の流れについて、少し教えていただけますか?
菊地:3日間の研修で、初日は越境先企業の社長にお越しいただいて事業内容や現状の課題をうかがい、2日目に僕たちが越境先企業を訪問してヒアリング。3日目に、課題解決のプレゼンテーションを行いました。各研修の間に2週間ほどあり、実施期間は約2カ月。研修日以外もチームのメンバーとはやり取りをしました。それぞれ通常業務があり、部署も異なるので、Teamsでのディスカッションがほとんどでした。
初日は、ヒアリングを通して越境先企業の課題を理解するトレーニングでもあったと思うのですが、なかなか難しかったですね。「すごい技術を持っているらしい」ということが理解できた程度でした。活動にドライブがかかったのは、研修2日目。先方を訪問し、職場の雰囲気を知ったり、社長から事業計画や経営状況をざっくばらんにうかがうことによって課題が見えてきて、メンバー間の議論も活発化しました。
牧野:3日目のプレゼンテーションでは、事業のリソース配分、ITツールによる業務効率化、海外進出に向けて足がかりとして何をすべきか、など5つの提案をしました。ある程度踏み込んだ提案ができたのは、社長が比較的オープンに情報を開示してくださったことが大きかったと思います。
挾間:私たちのチームも同様でした。チームのメンバーの職種や専門分野が異なるので、3日目のプレゼンテーションでは、それぞれの切り口から提案を行いました。ほかのメンバーの提案に、私自身も「なるほど」と感じたりもしましたね。
多様なバックグラウンドを持つメンバーと協働し、自分の中の「バイアス」に気づいた
通常業務とは異なる難しさを感じた場面はありましたか?
菊地:越境先企業の社長からさまざまなお話を聞かせていただく中で、経営者の思考や物の見方に触れ、自分には経営関連の知識や能力に足りない部分があると感じました。例えば、牧野さんは財務関連のエキスパートなので、社長のお話にすぐリアクションできるけれど、僕は専門用語がわからなかったりする。そういったことがネックになって先方の課題が十分に理解できないのは残念なので、次回の研修日前までにキャッチアップしようと勉強をしたりもしました。
牧野:逆に私は、「IT」や「効率化」といった話が出た瞬間、「菊地さん、よろしくお願いします」とパスを投げさせてもらっていました。
私の場合、前職でさまざまな企業の事業計画を見る機会があったので、業務そのものは特別新しいことではありませんでした。ただ、これまで一緒に働いたことのないメンバーとコミュニケーションを取りながら仕事を進めていくというのは、通常業務との大きな違いでした。こうすれば正解というものはないので、試行錯誤をしながら進めていきました。基本的に、私たちのチームは菊地さんが仕切っていましたよね。
菊地:いやいや、自然と役割分担ができていった感じです(笑)。メンバーはそれぞれ職種や専門分野が異なり、もうひとつのチームの顔ぶれを見ても、バランスが取れているように感じました。人事が意図して振り分けたのだと思います。
牧野:それぞれコミュニケーションスタイルの違いもあり、面白かったですね。さまざまなバックグラウンドを持つメンバーとチームで仕事をする際の、コミュニケーションのあり方について学びきっかけになりました。ふだんの職場ではあうんの呼吸で通じることでも、表現を工夫しなければ説明しなければ伝わらないことが多かったり、自分のコミュニケーション特性を把握し直して、チームの中でどうコミュニケートすればいいのかなと考えたり...。
お互いが理解をし合うために、どういう伝え方をすればいいかを探る過程で、自分の中にあるバイアスに気づけたことも大きかったです。例えば、自分の道具が「財務」だと、目の前の事象がすべて財務の問題に見えてきます。ところが、ほかのメンバーは同じ事象をまったく違う視点から捉えて話をしていたりする。そういうときに、「金槌しか持っていなければ、全ての問題は釘に見える」とはこういうことかと気づかされました。
「リーダーシップ」のあり方を考えるきっかけにもなった
挾間さんはいかがでしたか?
研修1日目に越境先企業の社長から「通り一遍の提案してほしいわけではありません」というお言葉があり、みんな、「お、これは手強いぞ」とざわざわしました(笑)。とくに、私は法務コンプライアンスの部署に所属していて、ふだんは既存のルールの中で動くのが多いので、自由な発想を求められた時に俊敏に対応するということに慣れておらず、戸惑いました。
ほかのメンバーが知識をインプットしてくれて気づけることがあったり、それぞれの専門性が合わさってこそ生まれたアイデアもあり、チームのみんなには、私自身に足りないところをずいぶん補ってもらいましたね。ある程度経験やスキルの蓄積があり、専門性を持っているメンバーだったので、ひとつの目的に向けて、それぞれが異なる局面でリーダーシップを発揮していく感じでした。
「シェアード・リーダーシップ」と言うのでしょうか。メンバーがお互いに得意なことや能力を発揮しながら、チームとしての成果を出すというスタイルが、とても快適でした。リーダーシップというと、上に向かってみんなを引っ張っていくというイメージがあり、自分には向いていないし、できないと思っていたのですが、いろんなリーダーがいて、いろんなアプローチがあるのだなと気づくことができました。
やってみて、自分が何をつかむのか。それを試してみるだけでも面白い
活動を通じて学んだことがほかにありましたら、教えてください。
菊地:大企業とベンチャー企業で働くことの違いを知ることができたのは大きいと思っています。頭では理解していたつもりですが、今回、越境先企業の社長からさまざまなお話をうかがい、自分が組織の力に支えられて活動していることが如実にわかりました。ベンチャー企業の経営者はすべてを自分一人の判断でやらなければならず、助けてもらいたくても、その相手がいなかったりする。そういう状態があるというのは僕にとっては衝撃でした。経営者としてプレッシャーもありながら、日々の事業に取り組んでいらっしゃる姿を見て、大変だなと感じました。一方で、そのプレッシャーに耐え、壁を乗り越えていくだけのモチベーションを持っていらっしゃるのはすごいなと尊敬の念を抱きました。社長とは同い年ということもあり、彼自身の生き方にも刺激を受けましたね。
また、経営者のパートナーとして事業をサポートするというのがどういうことで、そのために今の自分に何ができるかがわかったことも、すごく良かったと思っています。
牧野:私にとっては、この活動によって具体的に自分が変化したというよりは、ひとつのきっかけになったかなと思っています。先ほども話しましたが、40代というのは自分の専門だけではやっていけないステージだと思うんですよね。ある程度、視野を広く持ちながら、いろいろなことをマネージしなければならない。日々の仕事に埋没して視野が狭まっていたことを、頭だけでなく、心で意識できるようになったと感じています。
先ほど、菊地さんから転職の話が出ましたが、これは別に会社にとってもネガティブな話ではありません。会社も社員に同じことを繰り返しながら40代、50代を過ごしてほしいとは考えていないはず。少なくとも40代以降の人間に関しては、転職したいと思ったら、できるくらいの力を持った人間でいてほしいと願っているはずなので、私自身もそうありたいと思っています。
挾間:ふだんとは違う力も求められる活動で、ストレッチが必要でしたが、それだけに、すごくいい訓練になりました。一方で、組織の中で自分の持っている能力を生かして貢献するという意味では、どんな企業も同じなんだなと感じました。
菊地:学んだこととはまた別ですが、この活動に参加して、自分の部署はグループワークが少ないということに気づきました。グループワークの醍醐味や難しさを考えさせられる研修でもあったと思います。
みなさんが参加した2019年度のプログラムは、40代キャリア研修を受講した方の中から参加者を募って実施されましたが、来年度以降は年代別の研修とは切り離した形で開催されるとうかがっています。越境に興味を持つ方々に伝えたいことはありますか?
菊地:越境もさまざまな形があると思いますが、少なくとも、僕たちが参加したプログラムは、すごくおすすめです。周囲に宣伝したいくらい、面白かった。通常業務に大きな支障がないよう期間や研修日を設定していただいていたので、負荷が重過ぎず、かつ、越境のインパクトはちゃんと感じられました。そういう意味では、企業で人事プログラムとして取り入れる場合、企画設計を細やかに行うことは大事だと思います。
牧野:まずはやってみてほしいです。越境から得るものはそれぞれですが、やってみて、自分が何をつかむのかを試してみるだけでも面白いと思うのです。ふだんの仕事というのは、得るものがだいたいわかっていますよね。だからこそ、「何を得られるかわからないけれど、やってみる」というマインドセットは重要だと思います。全部計画された人生というのは、ありませんから。
挾間:私も同感です。日々、目の前の仕事の忙しさに追われていると、畑や規模も違う会社の人と話したり、一緒に何かをやる機会は滅多にありません。景色を変えるだけで、今、自分がやっていることを客観的に見ることもできますから、チャンスがあれば、ぜひやってみてほしいですね。
※本プログラムはナレッジワーカーズインスティテュート株式会社と共同で企画・実施をいたしました。
ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社