プロアクティブ行動とミドル・シニアの変化対応の可能性
ミドル・シニア人材が再構築した新しい持ち味・スキルなどを組織の内外で発揮することができるようなるヒントを探るため、ライフワークスでは様々な研究者の方々にお話を伺っています。今回は、法政大学 経営学部教授の小川憲彦 先生に伺った「プロアクティブ行動」についてご紹介します。
まずは、「プロアクティブ行動」ということについて教えて下さい。
小川: プロアクティブ行動という概念は、職務改善や役割変化あるいはキャリア・マネジメントなど、個人主導で環境を変えるために取ってきた行動に関する様々な研究成果が統合されてできたものです。その時一役買ったのがマイケル・クラントの論文で、そこからプロアクティビティあるいはプロアクティブ行動が注目されるようになりました。
意味としては先取り行動とでも訳されるようなものですがその特徴を大きく分けると次の2つです。1つ目が「イニシアティブ志向」です。簡単にいうと、自ら積極的、主体的に行動するという要素です。2つ目が「チェンジ志向」です。自身だけではなく、役割、タスク、組織等といったものを対象として、変革志向、未来志向で向き合うのが特徴といえます。プロアクティブ行動というのは、これらの2つの要素が統合された概念だといえると思います。もしかすると、プロアクティブと逆の概念に位置づけられるリアクティブ、すなわち受け身の態度、環境の要請があって初めて反応する態度の逆、と考えてもらうほうが分かりやすいかもしれませんね。
私が過去に行った研究では、新しく会社に参入する人たちが会社に染まっていくいわゆる「組織社会化」という概念に対して、逆に個人のほうが組織を変えていく「組織個人化」という現象があるのではないか、という議論を展開しました。この研究で調査対象とした若い社会人の場合、社会化の過程において、組織からの働きかけによって本人の学習がリアクティブに進む領域と、自ら行動することによりプロアクティブに学習が進む領域があるということがわかりました。組織社会化という領域ではこうした個人主導の適応・学習行動をプロアクティブ行動と呼んでいました。ただ、従来のプロアクティブ行動が既存の環境について自分から積極的に学習していくというものであったのに対し、近年では、より積極的に、その環境自体を変化させていく過程もまたプロアクティブ行動と呼ばれるようになっています。組織社会化研究の伝統では役割変革行動と呼ばれてきた現象ですが、実はそうした行動は入社して間もない者であっても見られるということです。
プロアクティブ行動をとるとどのような状態になるのでしょうか。
小川: 自ら主体性を発揮して、問題を発見しさらに取り組んでいくような姿勢ですから、前向きで未来志向に動機づけられているわけです。組織の中で何かを変える時は自分だけ努力すればよいとは限りません。つまり周囲を巻き込んで行くようなリーダーシップも発揮されます。また、周囲を巻き込もうという場合、自分自身に周囲からの信頼が蓄積されていなければなりません。こういう具合ですからプロアクティブ行動をとっている人は、まず、パフォーマンスが高く、職務態度は良好で、物事に率先して取り組む姿勢が見られます。そういったことからサラリーにもよい影響がでるでしょう。そして、周りにいるチームメンバーにも良い影響を与えます。
ただ、プロアクティブであれば何でもよいのかというと、それは必ずしも当てはまらないという見方もあります。簡単にいうと、プロアクティブであることが評価される文脈と、そうではない文脈があります。決まったことを決まった通り、効率的にやる分業体制の組織では、一人が勝手なことをしたり一部の仕事のやり方を変えたりすると、他の部分に影響が出てしまい、かえって効率が悪くなることがあります。意図的にルールを破ることで現状を変えるというような変革型のリーダーシップ行動とも言える行動は、場合によって、あるいは人によって迷惑になることもあります。あるいは、上司の立場から好き勝手に動いているように見える部下は「こいつは何やってるんだ」と、マイナスに評価されてしまうかもしれません。
あるいはこういった見方もあります。自分が所属している組織にとって良かれと思うチェンジ志向の積極的行動が、他の社会システムにマイナスの影響を与える場合もあります。ライバル会社を弱体化させるような環境への働きかけ、ということもプロアクティブ行動と言えるでしょうし、勝つために環境を自ら変えるということはビジネスの場面でもよく見かけると思います。しかし、それが、社会全体にとって良いのか、あるいは倫理的な意味で良いか悪いかは、また別の話なのかもしれません。
研究者によっては、組織にとってプラスに働くことをプロアクティブ行動と限定する人もいるようですが、現実的にはどういったことがプラスなのかは一概にいうことが難しいと思います。場合によって、あるプロアクティブ行動と別のプロアクティブ行動が矛盾する、というようなケースも出てくる可能性もあります。いずれにしても、プロアクティブ行動という概念は生まれてからそれ程経っていませんので、さらに研究が進んでいけば、様々な事象からより統合的に理解できるようになるかもしれませんね。
それでは、うまく周りの空気を読みながら、プロアクティブ行動をとれるようになるためには、どうしたらよいのでしょうか。
小川: 例えば、あるスポーツがうまくなりたかったら、そのスポーツの練習をしますよね。それと同じで、プロアクティブな行動をとりたかったら、まずプロアクティブ行動を日々実践することだと思います。ただし、そうなるためにはプロセスも大切です。初めに「こういうことをしたら、こうなるんじゃないか」という仮説あるいはビジョンを描きます。プロアクティビティには先取りという姿勢が基本にあります。次にプランを練ります。描いたビジョンに近づくためにどうすればよいか選択肢を考えてみる。そして行動し振り返る。要するにPDCAを回していくのですが、重要なのはそのことで「何かを変える」ということを自分で続けていくことです。
プロアクティブ行動には先ほどお話しした「チェンジ志向」も要素となりますので、「何かを変える」経験を持つことができないと、プロアクティブ行動には至りにくいということになります。たとえ、どんな優秀な人でも、未経験のことはできないこともあります。それと同じで、何かを変えた経験がない人の場合は、そういった経験がある人がついて一緒にやってあげて、出来ると思わせてあげるといったやり方も一つの方法です。そういう過程を経て、出来ると思えるようになればプロアクティブ行動を採るようになります。
ミドル・シニアの場合、「役職定年」などによって意に反して環境が変わってしまい、停滞してしまうことがあると聞きます。こういった場合に、プロアクティブに何かを始めることはできるのでしょうか。
小川: 今お話ししたことと重なりますが、与えられたものではない、リアクティブではない自分手動の目標を設定することがまずは大切になると思います。そのために、経済学でいう「サンクコスト」のような過去を捨てることもあるいは必要です。例えば、昔、土に100個の種を蒔いたけれども、その土が栄養のないものだと後でわかったら、水をあげ続けてもおそらく芽は出ない。そうすると種は捨てるしかありません。あるいは栄養のありそうな違う土に、また新しい種を蒔くほうが合理的ともいえます。アンラーニングとまではいいませんが、今の土で芽が出ないとなったら、違う方法を試してみるような目標を立てることがやり方の一つではないでしょうか。
今持っているものを活かすという方法も1つの在り方です。ですが、今あるものを捨てて、他に新しいやり方を身に着けるというのも1つの在り方です。
なかなか捨てる勇気が持てないこともあるように思えます。他にもミドル・シニアのプロアクティブ行動につながるヒントはないでしょうか。
小川: プロアクティブ行動の要素として先ほどお話しした性格の特性の他に、「事前に動く」「察知して動く」「アカウンタビリティ」などというのもありますが、「神経質」つまり「ビビり」であることもプロアクティブ行動につながる要素の一つです。「環境が変わるかもしれない」「この事業は傾くかもしれない」という危機感がときに「だったら今のうちに手を打とう」という行動につながることもあります。仕事の場面では楽観的な人のほうがうまくいっているようなイメージが持たれがちですが、実は状況をやや悲観的・批判的に捉えることができるほうが、次の打ち手を思いつくきっかけにつながったりするわけです。経営者にも管理職の方にもこういったパーソナリティの方はいらっしゃいます。そしてそういう方は未来志向で準備行動をしっかりととっていたりします。
こういった意味では、ある程度の危機感につながるようにミドル・シニアの方に役割が変わること、待遇が変わることなどを企業は早い段階できちんと伝えておいたほうがよいかもしれません。そして、これまでのマネジメントや業務の仕方の延長で先々を考えるよりも、少しでも何かを変えた経験をもとに、あるいは何かを変えて成功した経験をもとにして、新しい目標を立てることができるような機会を与えるのもいいでしょう。
話を少し前に戻します。伺った話を振り返ると、皆がプロアクティブになることが必ずしもうまくいかないようにも感じているのですが。
小川: 確かにその通りの部分はあります。全ての人がプロアクティブに行動できたからといってハッピーになるとは限りません。それが自然でそうすることで生き生きできる人も、大変な苦痛を伴う人もいます。そもそも、人間の性格特性というものは、双子の研究などから少なくとも半分は遺伝によって規定されるとも言われています。例えば赤ん坊に向かって「パチン」と手をたたいた時に、その音に興味を示し向かって行く子もいれば、逆に逃げ出そうとしたり泣き出したりすることもあります。いうまでもなく前者のほうが外向性が高いということになるわけですが、そういった興味の持ち方を赤ん坊は教えてもらっているものではありません。
悲観的に捉えて欲しくはないのですが、プロアクティブ行動に、不向きな人もいます。例えば、もともと外向性が高くない人が、上司やチームの活動のために積極的にコミュニケーションをとったり提案したりすることは、訓練次第である程度できるようになるのかもしれません。ですが、それが本人にとって本当によいことかどうかはまた別の話だということです。無理をすることで相当なストレスがかかる可能性があります。プロアクティブに行動しているからといって、全ての人の心が満たされているという訳ではないのかもしれません。つまり、あらゆる人がプロアクティブでなければならない、と押し付けるような見方は必ずしも良いとは限らないことになります。決まった手順に従って厳正かつ粛々と物事を進めるべき仕事・場は当然存在するわけです。
本来であれば、ミドル・シニアでも誰でも、皆ありたい姿をそれぞれの方法で実現できていることが最もあるべき姿で、そのための方法としてプロアクティブ行動があると考えるのが、自然な気がします。私は経営学者ですからどうしても会社組織や仕事場面でのプロアクティブ行動の話が中心になりますが、仕事以外の場面で発揮されるプロアクティビティもまたあるでしょう。プロアクティブに行動せよ、というのは変化の激しい時代において自ら変化を起こすことで適応しやすい状況を作ることが可能であるという意味では間違いでないかもしれません。しかし大切なのは、これさえやれば良いという処方箋的に流行りの概念を持ち出すことではなく、環境の変化に対応する一つの選択肢として引き出しを持っておくことではないかと思います。環境にリアクティブに対応するだけではなく、未来を見越したとき、環境を変えること、あるいは環境を移ることも選択肢にはある、ということです。
小川 憲彦 教授
法政大学 経営学部 教授。専門は、経営組織論、組織行動論、キャリア論。
神戸大学経営学研究科 マネジメントシステム 博士後期課程修了。博士(経営学)。