ジョブ・クラフティングから探る、シニア世代の役割創造の可能性
ミドル・シニア人材が再構築した新しい持ち味・スキルなどを組織の内外で発揮することができるようなるヒントを探るため、ライフワークスでは様々な研究者の方々にお話を伺っています。今回は、武蔵大学経済学部経営学科教授の森永雄太 先生に伺った「ジョブ・クラフティング」についてご紹介します。
まずは、ジョブ・クラフティグについて教えて下さい。
森永: ジョブ・クラフティングとは、簡単にいえば「自ら仕事を作っていく、あるいは所与の仕事を作り替えていく」という考え方のことです。そして、これを行うためには「タスク」「人間関係」「認知」の3つの次元があるといわれています。
1つ目の「タスク」の次元は、仕事の範囲や仕事のやり方を実際に変えていくことを意味しています。2つ目の「人間関係」の次元は、上司や同僚、あるいはお客さんが関わるような仕事の場合は、お客さんも含めて、関わり方や関わる範囲を変えていくことを意味しています。3つ目の「認知」の次元は、自分の役割や範囲についての認識を変えることです。「自分の役割はここまでだ」と思っているならば、それを「本当にそうなのか?」と考えてみて、役割と思っている範囲を広げてみたり変えてみたりすることです。
たとえ今は楽しくないと思っている仕事でも、担当範囲を改めて考え直してみる(認知)。そして、考え直してみた中で、その仕事で関わる人への働きかけの仕方を工夫してみたり(人間関係)、仕事そのもののやり方について、新しいことを加えてみたり(タスク)、することで、次第に仕事にやりがいや面白さがでてくる、というような具合です。
ジョブ・クラフティングの具体例などはありますか。
森永: 事例としてよくお話するのは、オリエンタルランドの事例です。
オリエンタルランドでは、キャストの皆さんはゲスト(お客さん)との関りを楽しみながら働いています。ですが、実はその中にも非常に不人気な仕事がありました。カストーディアルという掃除係です。オリエンタルランドが運営するディズニーランドで働くならばライドやショップなどのキャストとしてお客さんをもてなしながら働きたいと考えるのが普通です。でも、「掃除係」(カストーディアル)となると、「掃除という仕事ではお客さんをもてなしようがない」と思ってしまい、やる気が下がってしまうという人が多かったそうです。
ですが、あるとき、「自分たちはオリエンタルランドのキャストなのだから、ゲストをおもてなしするようなことをやってもいいのではないか」と気づきました。そして、「掃除だけでなくゲストを喜ばせるようなこと」を考えるようになりました。たまたまその方は、絵を描くことが得意だったので、箒を使ってゲストの前でミッキーマウスの絵を路に描いてみました。ゲストはすごく喜んでくれたそうです。
カストーディアルは、ゲストに喜んでもらったり、ありがとうと言われたりすることが、そもそも少ない仕事でした。ですが、この例のキャストは「箒で絵を描く」ことを仕事の仕方の一つとして付け加えることによって、ゲストとの関わり方を生み出して、オリエンタルランドで働く楽しみややりがいを得ることができるようになったという訳です。
オリエンタルランドでは、キャスト達に裁量を与え、彼ら/彼女らの考えに基づいた行動がとれるようにすることで、それぞれがジョブ・クラフティングできる環境を作っていると考えることができます。そして、ジョブ・クラフティングしたキャスト達によって、結果的に高いホスピタリティやサービスが維持されています。つまり、裁量権があることで働き手はいきいきと仕事をし、会社は良いサービスをお客様に提供することができるといったように、働き手と会社がwin-winの関係になっている事例ともいうことができます。
個人がジョブ・クラフティングをするためにはどうしたらよいでしょうか?
森永: まずは、ジョブ・クラフティングの根幹にある「認知を変える」ことだと思います。世の中には、先ほどの事例のようにマニュアルが無いことについて自分で考え、そして役割を全うすることを推奨するような企業もあれば、逆に、きちんとマニュアル通りにやることで各々の役割を担いあうような企業もあります。このようないずれのタイプであっても、重要なのは、「その役割がどういう目的のためにあるのか」といったことや「その役割には何が期待されているのか」ということを、自分なりに考えてみることです。
例えば、今の自分の担う役割が、単に前任者から引き継いているだけのものだった場合、「またみんながやっていないから、やってはいけないのだろう」というように、暗黙のうちに行動を限定してしまっていることがあるかもしれません。ですが、仕事の仕方として、「お客さんともう少し打ち解けるようなやり取りをすることで関係性を作っていく」というように、マニュアルや同僚達の了解の中で限定されていない仕事のやり方は結構あるはずです。
「マニュアルが示す役割通りに、こうするべきだ」「引き継いだ仕事の仕方、役割がこうだから、そのようにすべきだ」ということではなく、役割を通してお客様にもたらされるものが、本当にお客様が求めているものなのか、と問い直すことからはじめて、これまでの役割認識を解きほぐしたり、捉えなおしたりしてみることが必要だと思います。
またそのために、時間軸を伸ばして考えてみることも有効かもしれません。講演や研修の途中で、今の部署で自分達のやっていることは10年後、20年後にどうなっているべきか、あるいは自分がどうなっているとわくわくするだろうか、を考えてもらうことがあります。こういったことを考えていく中で、少なからず「今のままではまずい、やっていられない」ということが見いだされることも多いようです。こういった気づきを足掛かりに「自分達はどうなっていきたいのか?」とか「なっていきたいことのために今できることは何か」とか「どこから何を始めていくといいのか?」といったことをチームメンバーなどと作戦会議することも、ジョブ・クラフティングの第一歩になるのではないかと考えています。
企業の側からが個人にジョブ・クラフティングを促す方法はありますか?
森永: ジョブ・クラフティングを促すことについてはまだまだ研究の余地があり、有効な手段といえるものもそれほど多くはありませんが、2種類のパターンがあると考えています。
1つは研修です。やり方としては、単発の研修にするのではなく、半年後、1年後というように受講者が戻ってきてお互いにクラフティング活動をやったのか、やらなかったのか、どう変わったのかということを共有したり、互いにフォローアップしたりできるようにするとよいでしょう。実際に、クラフティング行動の実行や定着を図るための研修を行い、その効果を検討する研究も出てきています。
研修の中では、講師がクラフティングについて説明し、受講者には職場に帰って何をするのかと考えてもらうわけですが、受講者の中には、「そもそも何をするのか考えつかない」という方もある程度いらっしゃいますし、もしくは、「思いついたが、なかなか職場で支援を得られそうにない」と思う方も、「ついつい忙しくてできない」という人もいます。個々のクラフティングに関与する側としては、それぞれの置かれている状況に配慮しながら、どのようにサポートしていくのかを考えることが重要です。例えば、研修中にファーストステップをいつ、どのように始めてみるのか具体的に決めておき、1週間をめどに進捗状況を質問するようなフォローをすることも考えられます。たとえ小さな変化でも、クラフティング活動ができるように支援し、自己効力感が高くなるようにする必要があるでしょう。そうすることで、2歩目のもう少し大きなクラフティングにつながり、少しずつクラフティングが拡張あるいは再生産されていくと考えられます。また、研修でご一緒したペア内やグループ内で進捗を報告しあうということも効果的かと思います。いずれにしても、大切なことは、いきなり大きくではなく、一歩目を順調に進めるための支援をすることが企業にとっては大切で、もちろん個人も小さくても少しずつでも1歩を踏み出すことが大事だということだといえます。
もう1つは、職場の日々の仕事の中でクラフティングを促していくやり方ですが、そこには「上司のリーダーシップ」が、重要な要素として関わります。
職場の上司は、メンバーに期待や役割を示し、裁量を持たせて主体性を引き出すことが期待されます。仕事の方向や進め方が組織側の期待と違うときには、その「ずれ」についてフィードバックしながら主体性を発揮する方向性をすり合わせていくとよいでしょう。また、これまでの職場のメンバーが持っていなかった新しいアイディアや知識を従業員が持ち込んできた場合にはこれらをうまく活用するために、「こうやったら周囲にも理解されるのではないか」と翻訳係を務めることがサポートになるかもしれません。一方、良かれと思って支援している場合でも、「それは違うよ、間違っているよ」というように先回りして逐一教えるような場合には、クラフティングを阻害し、場合によってはメンバーのやる気を下げてしまう可能性も考えられます。上司が率先してそれぞれの従業員の強みや独自性を生かそうとする支援をすることで、ジョブ・クラフティングし易い職場風土もできてくるのだと思います。
シニア人材がジョブ・クラフティングをするためには、本人はどう取り組んでいけばいいでしょうか?
森永: シニア人材のみを対象としたわけではありませんが、私が行った調査では、たとえ失敗することがあっても仕事を通じて学びを得ていくことが重要だと考える「熟達目標」を持っている人はジョブ・クラフティングをしやすいという結果が得られています。一方で、人は年を重ねるにつれて、新しいことを学んだり、成長することに対する意欲が低下する傾向があるともいわれていますので、シニアの場合は違った仕方になるでしょう。例えばシニアになると社会への貢献や他者を助けることに対する動機が強くなるといわれています。つまり、新しいことを手に入れることそのものより、自分の持っている知識を誰かのために活用したいと考えるようになるようです。このような動機を自分自身でうまく活用して人間関係に対するクラフティングへとつなげていくということが有効かもしれません。
2つ目として、人生はまだまだ長いと時間軸を見直してみることです。職業人生も終わりに近い、このまま逃げ切るのだという守りモードに入ってしまうと、クラフティングにはつながりません。「職業」人生という短い時間軸の中で仕事をとらえるのではなく、まだ先は長い人生という時間軸の中で目の前の仕事をとらえてはどうでしょうか。時間軸が広がれば、広がった先の人生をどう生きていきたいか、今から何を始めていかなければいけないのかという思いが生まれて、行動につながっていくと思います。特にシニアの方の場合、会社を辞めた後に実現したいことを考えることで、会社にいることだけを考えていた時とは違ったクラフティングの姿が見えてくるかもしれません。これからの人生をどう過ごすかを考えることは、本人にとっても重要なことかもしれませんし、周囲の方はその支援を行うことも大切ではないでしょうか。
森永 雄太 教授
武蔵大学経済学部経営学科教授。専門は組織論、経営管理論、組織行動論。
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。