イノベーション時代にこそシニアも越境的学習を

ミドル・シニア人材が再構築した新しい持ち味・スキルなどを組織の内外で発揮することができるようなるヒントを探るため、ライフワークスでは様々な研究者の方々にお話を伺っています。
今回は、法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴 先生に伺った「越境的学習」についてご紹介します。

2018.05.15
専門家コラム

石山先生が提唱する「越境的学習」について教えてください。

石山: もともと産業能率大学の荒木先生が提唱された「越境」という概念があります。この背景となる研究では、個人のキャリア形成への意欲向上など知識労働者の「キャリア確立」の促進が、社外コミュニティに参加した結果に起きることが明らかになっています。その他にも、例えば、立教大学の中原先生の研究によると、「個人が自分の意志で会社の外に行くと新しい学びが生まれる」ということもいわれています。こういった「越境学習」を具体的にいうと、いわゆる社外の人との勉強会や異業種交流会で学ぶことなどが挙げられるでしょう。

これまで、日本企業に勤める方の多くは、雇用保障されている中、人事異動やOJT、職場学習などを通して学んできました。しかしそうした学び方やいつも同じ人と一緒に行動している環境下では、能力を高めることに限界がきてしまいがちです。例えば、仕事のマンネリ化がその典型ではないかと思います。そこで会社の外、つまりアウェイに出て、「普段つきあいのない人々とやりとりをしなければいけないという場面」で色々試してみることも必要ではないかという考え方が生まれたのでしょう。アウェイにおいては、ホーム(自社)でルーチンワークのように当たり前に出来ることが、「出来ない」という状況に遭遇することは少なくはありません。そこで、「出来ないこと」を知り、初めて自分の弱みが分かり、それを補っていく活動の中に学びが生まれるわけです。確かに、日ごろのホームでの業務でも学びの機会は存在します。ですが、「越境学習」はある意味それをもっと積極的に促すような機会と捉えることができるでしょう。

私が「越境的学習」という場合、基本的には以上のような「越境学習」と同じような枠組みで考えるのですが、もう少し広い意味で考えて「的」と表現しています。越境というのは、必ずしも「社外」だけを意味するのではなく、ホームとアウェイを行き来すること、と考えています。アウェイの経験こそが学びになるからです。その際に、重要な点として強調したいのは「還流」です。つまり、ホームからアウェイに行きっ放しではなく、アウェイで学んだことをホームに戻すという「往還」こそ「越境的学習」の中心となる考え方です。これまで企業における学習は、OJT、Off-JT、自己啓発という3点セットで語られることが多かったのですが、今の世の中においては、組織に新しい風を吹き込んでいくような「越境的学習」も加えてみてもよいのではないかと思います。

「越境的学習」が求められる背景について教えてください。

石山: 最も大きな時代背景は、今日の企業にイノベーションが求められていることだと思います。今までは独自規格の商品開発や競争にみられるように、会社の外と隔絶した中で知識・ノウハウを蓄積していくことがイノベーションの姿だと思われてきました。ですが、現在のように技術や環境の変化が激しい時代では必要なことはもはや中だけでは充足できず、外にも目を向けるようなオープンイノベーションの必要性が説かれています。例えば、チェスブロウはオープンイノベーションの形態として2つを挙げています。一つはインバウンド型といって、外部知識を探索し、外のものを社内に持ってくること。もう一つはアウトバウンド型といって、会社の中で使えない知識を外に流出させ、むしろ活用してもらうこと。今日がこういった内外での知の活性化によって新しい何かが生まれるような時代だということは、グーグルやアマゾンなどの先進企業の水平分業的なコラボレーションを見ても明らかでしょう。アウェイで学んだことをホームに戻すという「往還」を重要な視点として含んでいる「越境的学習」は以上のような潮流にも適していると思います。

「越境的学習」がもたらしてくれるものはなんでしょうか?

石山: 一言でいえば、アイデンティティの変容です。

特定分野についてまだ経験の浅い方Aさんが、ある専門領域に関心を持つ人達の集まりに参加した場合を例にしてお話ししましょう。Aさんは、まず「自分がどのような専門家になるのか?」といったことを内省を通して漠然とイメージします。加えて、専門家であるというのは、特定の知識だけではなく明確な職業倫理を持っている必要があるので、集まりの中で職業倫理を学ぶことで、真の専門家になるためのプロフェッショナル意識が芽生えます。そうすると本物の専門家になるためには自分が「どういう存在であるべき」なのかを学ぶようになります。

仮にこのAさんが、勤め先の社内的な職業倫理といってもよい、社内ルールや規範に基づいて日々の仕事をしていながら、社外の専門的な集まりの中で専門家としての職業倫理に触れた場合、双方の倫理の衝突が起きることがあるでしょう。極端にいえば、会社では正しいこととしてやっているのに、専門的な見方からすれば間違っているなど。すると、これまでの仕事観(アイデンティティ)が、専門家のコミュニティの職業倫理と相対化されて変化します。いうまでもなく、これは、アイデンティティが白紙化されるということを意味しません。会社の倫理も、専門家としての倫理も尊重できるような新たなアイデンティティが芽生えるのです。

会社が新しい事業を考えるとか、成長を考えるというような場面で、社内のルールや規範だけにとらわれないような「越境的学習」の経験者がいると、社内とは異なる角度からの多様な意見が出てきます。会社はこうした異なるアイデンティティを受容することで、変化や変革に結び付く可能性が高まります。あるいは、「越境的学習」をした人が自身で学んだことについて情報を発信した時は、その人に思い切ってプロジェクトを任せたり権限を委譲したりしてみても新しいことが生まれるきっかけになるかもしれません。

「越境的学習」を"進める"あるいは"勧める"コツみたいなものはあるのでしょうか?

石山: 人事の方から、しばしば「真面目で目の前のことに追われて忙しく、仕事に順応してうまくやっている人こそ越境して欲しいが、手を挙げてくれない」という声が上がります。「越境的学習」はまさに、そうした人達こそ効果が大きいのですが、一方でこういった人たちも含めて、様々な人に手を挙げてもらうためには工夫が必要だと思っています。

具体的には、小さな一歩踏み出せるよう背中を押す取り組みなどが効果的かもしれません。例えばロート製薬は副業を解禁した際に、"社内ダブルジョブ"もあわせて導入しました。社内で中心となる役割を担いながら、他のプロジェクトに参加するといった社内ダブルジョブには「越境的学習」の要素が入っていますが、社外まで飛び出さなくてもよいのです。まずは社内の違う仕事に触れ、違った価値観に触れるといった小さな一歩が踏み出せる取り組みだといえます。また、様々な会社で"自主勉強会"と称した社内コミュニティ活動を通じて社員が「越境的学習」に取り組んでいるような事例もあります。

このような小さな一歩を踏み出せるような仕組みを作っても、やっぱり越境しないという時などは、"誰かが連れていく"(知人、友人、同僚による誘い)ことや上司が背中を押してあげることができるように"周囲から促す"といったことも効果的かもしれません。

本人には「越境的学習」を通じて、「自分にもできそうだ」という自己効力感を持たせることが大切。そのためには「成功体験」を積むことです。一度うまくいったことなら、だれしも次も"自分にはできそうだ"という感覚を持つことができるでしょう。また、直接自分が成功体験をしなくても、他の人の成功する姿を自分の経験に置き換える「代理経験」も有効でしょう。そして、「言語的説得」。他者から「落ち着いてやればきっとできるよ」「あなたならできるよ」などの励ましで一歩を踏み出せる勇気を持つことができます。ちなみに、上司や人事の方が関与する時には、こうした「代理経験」や「言語的説得」を用いやすいのではないでしょうか。

最後に、シニアの方による「越境的学習」の仕方に特徴があれば教えてください。

シニアの方々の持ち味は、年齢などに関係なく、フラットな関係を築けることにあると思います。ある自治体が主催したプロボノ活動の中で、ミッションについて議論が行われた際、ゴール設定が曖昧な状況になってしまったために、その場が行き詰まってしまったことがありました。参加者の年齢や性別、所属や経験も様々な状況で、目的が定まりにくかったのでしょう。しかし、この時、参加者の中にいたあるシニアの方がうまく立ち振る舞ってくれたお陰で、チームメンバーのそれぞれの特徴を生かすことができ、最終的には、このプロジェクトは成功裡に終わりました。この方は、メンバーの多様性にかかわらず、といいますか、メンバーの多様性のそれぞれに合った接し方で、多様な個性をうまく組み合わせて、プロジェクトの推進に貢献したのです。後日、この方に話を聞いてみたら、この経験を通じて、改めて自分の強みが「調整力だった」と気づいたと語っておられました。

シニアになると、なかなか新しい学びの場に出向きにくくなりがちです。ですが、越境することについて身構える必要はありません。万全の準備をしてから参加するよりも、「行ってみて合わなかったら行かなければよい」というぐらいの気軽さも大切です。人生100年時代、職業人生はますます長くなります。シニアになっても守りに入ることなく、是非、越境して自分が通用することを実感して欲しいですね。

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石山 恒貴 教授

法政大学大学院政策創造研究科教授。主な研究領域は、越境学習、組織内専門人材等。
法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了。博士(政策学)。

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