新卒一括採用とミドル・シニアの役割創造の両立を

法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授と当社とで進めている『ミドル・シニアの働きがい創造プロジェクト』の活動の一環としてお届けしてきたコラムも今回で最終回を迎えます。最後はもちろん、石山先生に寄稿頂きました。

2016.09.01
専門家コラム

1.日本的雇用と新卒一括採用

日本的雇用の特徴は3種の神器、終身雇用、年功序列、企業内組合にあると言われている。この3種の神器に加えて重要な特徴として指摘されるものが、新卒一括採用である。他国の雇用においては、採用の対象となる職務は職務記述書にもとづき、その内容、責任、必要なスキル、知識、能力などが明示されていることが一般的だ。つまりその職務に対する専門性が必要となり、採用にあたっては新卒よりも経験者のほうが有利になる傾向がある。

これに対し、日本では新卒一括採用という慣行によって、採用にあたって経験者より新卒のほうが重視されるという状況が生じる。職務の専門性よりも、社会人として未経験であるほうが、それぞれの企業文化になじみやすいという観点が重視されるわけだ。就職ではなく就社と言われるゆえんである。

新卒一括採用には一長一短があると言われる。たとえば、好不況の波に左右されやすく、不況と就職活動のタイミングが重なる年代は、就職活動で苦労するだけでなくその後のキャリアも不利になってしまう、ということが問題として指摘されている。その反面、他国に比べて新卒一括採用が職務に未経験な若者に安定的な雇用をもたらすという長所があることも事実だ。

2.新卒一括採用がミドルシニアに与える影響

新卒一括採用という慣行には様々な批判があるが、若者の雇用の安定が社会の安定につながること、日本の社会に根づいていることなどを考えると、これを抜本的に変革してしまうことは現実的ではないだろう。そうなると、新卒一括採用の長所はいかしながら、その短所をいかに克服するかという視点が必要になってくる。

そこで、新卒一括採用がミドルシニアに与える影響を考えてみたい。新卒は職務の未経験者であり専門性は十分ではない。そのような時に、同年次でいきなり昇進昇格で大きな差をつけることは難しい。そこで若手社員については、ある程度の時間をかけて育成していくことになる。育成のために、様々な職務をローテーションで経験してもらうことになる。複数の職務を経験する中で、複数の上司、先輩から助言をもらいつつ、徐々に自分の適性を把握し、専門性を醸成していく。このような性質の育成であるため、昇進昇格の基準は年次管理になる場合が多い。同年次の中で、時間をかけて多くの職場を経験する中で複眼的な人事評価を受け、徐々に昇進する社員が決定されていく。

この新卒一括採用の育成・昇進原理が通用する期間の社員の動機づけは、特定職務の専門性を身につけることよりも、昇進への期待が重視されるだろう。幅広い職務を経験することが期待されているわけだから、身につけるスキルは幅広くなければならない。そうなると、自分ががんばったことの証明は、特定の専門性ではなく、昇進できた結果ということになる。 

新卒一括採用の育成・昇進原理自体が問題だというわけではない。若手社員の一定期間に通用する原理であれば、育成のために合理的だし、実際に機能している仕組みだと考えられる。しかし、この原理・仕組みがミドルシニアでも変わらないとなると、話は別である。

ミドルシニア社員であっても、職務の専門性を重んじず、昇進が相変わらず動機づけになっていたとして、動機づけが維持されるだろうか。それが不自然であることは明白ではないだろうか。

現状では役職定年、定年再雇用といった制度を導入している企業は多いが、その場合は部下を持つ役職でなくなるだけでなく、賃金を一律下げられてしまう仕組みが適用されることになりやすい。さらに言えば、役職定年、定年再雇用が適用される年齢になる前に、組織のフラット化などの推進により昇進すべきポジションが少なくなり、昇進の期待が低下してしまうことも考えられる。

昇進の期待が持てなくなってしまった状態は、キャリア・プラトーと呼ばれる。ミドルシニアにとって昇進だけが動機づけであるなら、キャリア・プラトーに達してからの会社人生は動機づけを失った停滞期間になってしまうだろう。つまり、新卒一括採用の育成・昇進原理がミドルシニアの期間でも継続することは望ましいこととは言えない。

3. ミドルシニアでは役割創造の重視を

しかし、そもそも新卒一括採用の育成・昇進原理をミドルシニアの期間までひっぱる必要はないわけだ。ミドルシニアの期間では、昇進よりも職務の専門性を身につけることを動機づけの中心に変えてしまえばいいわけである。企業がミドルシニアに対して余剰感をもつ理由は賃金と貢献度の差(貢献以上に賃金を支払っていると感じる)にあると言われるが、賃金を職務ベースで支払うようにしてしまえば賃金と貢献度の差は生じないはずで、この問題点も解消する。

しかし、若手とミドルシニアで育成・昇進原理を変えてしまうのは、実はたやすいことではない。変えるためには、以下であげるような障壁があるからだ。

  • 社員側の昇進を重んじる意識が変わらない
  • 会社側において、個々の職務を定義し職務記述書を作成するノウハウが十分ではない
  • 会社側において、職能給と職務給を接合するという制度設計のノウハウが十分ではない
  • 社員と会社双方の年功を重んじる意識が変わらない
  • 個々の社員の職務の専門性を醸成する仕組みが十分ではない(上司と部下の話し合い、個人が専門性を身につけるために学ぶ仕組みの欠如など)

上記の障壁は一例にすぎず、若手とミドルシニアで育成・昇進原理を変えてしまうことが不可能であるとする理由は、いくらでも指摘することができる。そのため慣性の法則により、今までの育成・昇進原理を結局は継続してしまうという事態に陥りやすい。

もっとも、多くの企業では、年功賃金から脱却し、職務要素を反映した役割給制度に転換済みである、という意見があるかもしれない。しかし、形式上で役割給制度を導入したとしても実効的な制度になっているかどうかはわからない。もし実効的な制度になっていればミドルシニアの賃金と貢献度に大きなかい離はなくなるはずで、役職定年や定年再雇用の時点における賃金の一律下げという施策は不要になるはずである。

つまり、実効性のある役割給制度を導入することは、容易ではないということなのだろう。そしてそれがなかなか実現しない理由は、企業側にとって、それを本気で導入したいほどの理由が存在しないということなのかもしれない。そもそもローテーションを重んじる新卒一括採用の育成・昇進原理は役割給となじみにくい。新卒一括採用の育成・昇進原理で社員の育成が可能であるなら、無理に変える必要はない。

しかし、その考え方は、早晩、過去の常識にすぎなくなる。少子高齢化が進行する日本社会においては、今後、ミドルシニアの活躍と動機づけが最重要課題となるはずだ。ミドルシニアには余剰感があるが、定年までの数年間なんとかやりすごせればいいという考え方は通用しなくなる。ミドルシニアが活躍する会社こそ、競争優位にたつ時代が到来するだろう。

ミドルシニアが自らの専門性の醸成を動機づけの中核に位置づけるようになれば、昇進のキャリア・プラトー現象を克服することができる。専門性は組織のポジションの数に左右されず、自ら高め続けることができる。そのためには企業内の職務の位置づけをより明確化し、個人と企業の双方が「役割創造」を重視するという観点が重要になってくる。

人事部門には、大胆に若手とミドルシニアの育成・昇進原理を切り替えるという施策の推進を期待したい。

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