ワークスタイル変革から見えてくる人生100年時代の新たな働き方・キャリア開発―「自分編集力」によるキャリア形成とは
テレワークやコワーキングスペース、ワーケーションなど多様化するワークスタイル、ワークプレイスは私たちにどのようなメリットを与えるのでしょうか。また柔軟な変化にともなって気を付けるべき点とは。
メディア論やワークスタイル研究を専門とする実践女子大学の松下慶太准教授にお話をうかがいました。
ワークスタイル変革期は仕事の棚卸しをする時
柔軟なワークスタイルやワークプレイスの時代とはどのような時代なのでしょうか。
ワークスタイルやワークプレイスの多様化が進んでいる今、働くことに関する生態系はかなり変わってきています。これまで仕事場じゃなかったスペースが仕事場として活用されるようになったり、仕事ではないと思っていたことが仕事になったり、1~2時間だけの隙間バイトサービスが生まれたり、その時間だけ場所を貸し出したり。このような変革は我々の仕事内容とそのやり方を見つめ直すきっかけになります。
たとえば通常業務のうち、隙間バイトの人にすぐ任せられる業務はどれか。これは後々AIで自動化できるものなのか、など。ワークスタイルが柔軟になり新たなサービスが次々と生まれている今こそ、これまでの仕事内容とそのやり方を一度棚卸しして見つめ直す時代なのです。
また、個人のキャリア形成においても棚卸しをする時代になりました。結婚や介護などの事情でキャリアを中断せざるを得なかった人も、ワークスタイルやスペースが柔軟になることで中断ではなく一旦棚卸しして次のステップへ繋げる機会を得やすくなったのです。人生100年時代に向けて、棚卸しした自分のキャリアを自分で紡いでいく「自分編集力」が問われる時代とも言えます。
「プレイスベース」から「スタイルベース」へ
メディア論やワークスタイルを研究されている松下准教授から見た、ワークスタイル変革の背景は何でしょうか。
背景には「テクノロジーの進化」「仕事内容のクリエイティブ化」「混然一体の都市づくり」という3つの文脈が考えられます。それぞれの背景が影響し合い、「遊ぶように働く」という言葉が出てくるほどワークスタイルは柔軟になっていきました。これまでは、プレイスベースでそれにワークスタイルを合わせるという考え方でしたが、今は多様なワークスタイルをベースにした多様なプレイスづくりが進んでいっているのです。
ただし、まだこのような考えは比較的都市部の大企業や一部の業種に限定されている部分があります。例えば農業や漁業といった一次産業界が自由に働く場所を選べるかというとそうではない。一概には語れないことを踏まえて今後も検討していく必要があります。
実は柔軟になること自体が、大きなメリット
この新しい働き方は、企業と個人にとってどのような効果やメリットを与えるでしょうか。
まず企業にとっては、例えば感染症蔓延や災害発生時、オリンピックなどの大型イベントにより通常出勤が難しくなる場合に、テレワークやフレックスタイムといった対応が柔軟にできれば事業を継続することができます。さらに長期的に見れば、人材確保にもつながりやすくなります。
一方個人にとっても自分のスタイルに合った働き方ができるようになり、出産などのライフステージの変化があってもキャリアを継続できる可能性が高まります。
柔軟な働き方は、他にも大きな副産物を残します。それは企業も個人もより柔軟性を持って計画を立てられるようになるということです。
少し乱暴な言い方ですが「人生ゲーム」のすごろくのように、22歳で就職してその後結婚して、車を買って家を買って還暦になったら引退して・・・という一般的な物語があるとして、果たしてそれは現代、さらに将来に渡って通用するでしょうか。企業は新卒から定年退職までのキャリアをすべて準備することが難しくなっており、個人も急な家庭環境の変化や予想外の転勤、転職などすごろく通りにはいきません。つまり今の時代、企業にとっても個人にとっても決まったレールはほぼ無くなり、柔軟に対応していかなければならない時代だということです。
企業が主力サービスを時代に合わせて変えていきたいと思った時、従前のキャリアすごろく発想だとなかなか難しい。しかし時代の変化に合わせて柔軟にワークスタイルを変えていく発想があれば、思い切って事業改革の舵も切れるでしょう。
また、個人にとってもキャリアから逸れてしまった時に、柔軟に次の行動を起こすことができます。むしろ王道のキャリアが安全とは限らず、逸脱したからといって悲観する時代ではないのです。
キーワードは「寛容」ではなく「歓待」
柔軟性が大切な時代であることは分かりますが、すべてを受け入れていくと組織としてのまとまりを欠くのではという懸念もあります。ワークスタイル変革期において気を付けることは何でしょうか。
柔軟に変化を受け入れていくとき「寛容」という言葉が浮かびますが、私は寛容よりも「歓待」という言葉の方がこれからのワークスタイル変革期には合っていると思います。
フランスの小説家、ピエール・クロソウスキーが1965年に書いた『歓待の掟』という本をもとに國分功一郎氏がまとめた論文『歓待の原理』で、「寛容」と「歓待」の違いについて記されています。簡単にまとめると、「寛容」は他人を受け入れその存在に我慢すること。「歓待」は他人を受け入れ双方ともに変容すること、と説いています。一方は我慢し、一方は双方が変容する。これが寛容と歓待の違いです。
ではこの「双方」という言葉に、組織と社員、コワーキングスペースと利用者を当てはめてみましょう。働きながら、「こんなルールを設けよう」「こういう風に使ってみよう」など、お互いが新しい価値観を生成して変わっていく姿勢が生まれます。ここ数年で話題となったティール組織などもこうした文脈で捉えることができます。ワークスタイル変革期には、どちらかが我慢したり合わせたりする寛容ではなく、ともに新しく変容していく歓待をキーワードにすることをおすすめします。
今こそ身につけておきたい「自分編集力」とは
人生100年時代、70歳まで就業という時代において、個人がキャリアの展開力と持続性をもつためにはどういったことが必要でしょうか。
先ほど、プレイスベースからスタイルベースの考え方に変わってきていると言いましたが、その変化が個人のキャリア形成においても起こっています。大きな枠組みに沿ってキャリアを考えるのではなく、個人のスタイルを優先にキャリアを考えていく時代ということです。
フランス人の哲学者ジャン=フランソワ・リオタールの言葉に「大きな物語」「小さな物語」という表現があります。もともとは近代社会やポストモダンを考えるための概念ですが、これをキャリアにあてはめてみましょう。大きな物語の中で自分がどういう会社に就職するか、どんな家庭を築いていくか、結婚するかしないかなど、大きな物語の範囲内で自分のキャリアや生活を「編集」していました。
しかし人生100年という長く、変化の大きい時代では、大きな物語から逆算して人生を設計することは難しくなってくるなかでそれぞれが小さな物語を生きるようになります。自分のやっていることを繋げたり組み合わせたりしていくことにより自分の小さな物語をどう描いていくのかがキャリア形成のポイントなのです。目の前の出来事や経験を一つひとつ紡いで、振り返ったときに自分はこういうキャリアを歩んできたと思える物語を作る力、「自分編集力」が必要です。
このような編集方法の逆転は、街づくりの現場でも起こっています。これまではマスタープランと言って行政が戦略的にプランを作りその中で実行していくことが主流でした。もちろん、マスタープランも重要ですが、近年では住民がアイデアを提案することから始まるボトムアップの街づくり、タクティカル・アーバニズム(戦術的都市計画)という手法も注目されています。最初に戦略を決めるのではなく、スモールスタートで柔軟に対応しながら進めていくという方法です。
個人のキャリア形成もこれと一緒で、変化が大きく、早い時代においては戦略的ではなく戦術的に柔軟に進めていくことが大事。大きな話からではなく小さな話から作っていく、未来から引き算・割り算するのではなく現在から足し算・掛け算をしていく時代です。すべての潮目が変わってきています。
「自分編集力」を高めるためのアウトプット法
具体的に、自分編集力を付けるにはどうすれば良いでしょうか。
自分編集力のポイントは、物語の「重ね合わせ」と「読み替え」です。例えばまったく違う分野に転職するとき、前職の内容と重ね合わせたり読み替えたりして共通点を探ってみると、そこにストーリー性が出てきます。
先日、とあるコワーキングスペ―スを取材してきたのですが、そこはサブカル文化や小さな個人ショップが多いという街の雰囲気と小さなスタートアップ企業を応援するというそのスペースと共通点を見つけスペースづくりやそこにある立地していることにストーリー性を持たせたのです。このように、その土地にあるストーリーや価値観とまったく同じではないけれど、重ね合わせたり読み替えたりしてうまく編集し空間づくりをしている例は増えてきています。個人の物語も同じように、どこかに共通点を見つけてストーリーを編集していくことでぐっと読み応えのある人生になっていくのです。
では具体的にどうすれば編集力がつくのかというと、私はメディアを使って自分自身のことを文字にして語ったり、映像にしたりしてアウトプットすることをおすすめしています。今は個人が気軽に活用できるメディアが多くあります。自伝のように人生の完成形を表現するのではなく、その瞬間その瞬間をアウトプットしてみてください。人生の途中段階を形にしたり、他人に共有したりすることで、自分の物語を整理し編集できるようになると思います。
ワークスタイルの変革が叫ばれて久しいですが、紐解いていくと様々な点で考え方がこれまでと逆転していることが分かります。プレイスベースではなくワークスタイルベースの働き方へ。大きな物語ではなく小さな物語から編集していく方法へ。予算ありきの戦略的街づくりではなく小さなアイデアから始めてみる戦術的街づくりへ。全てのことが予定調和ではなくなり、ある意味その場その場で対応する時代になったのです。変革期を迎えている今こそ、組織も個人も従前の働き方やキャリア開発を見直し、柔軟にストーリーを紡いでいくことが必要になるでしょう。
実践女子大学 人間社会学部 人間社会学科
准教授 松下 慶太 氏(※所属などは取材当時)
博士(文学)。京都大学文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員などを経て現職。中央大学文学部・立教大学経営学部非常勤講師。専門はメディア論、若者論、学習論、コミュニケーション・デザイン。
主な著書
モバイルメディア時代の働き方(勁草書房、2019)
キャリア形成支援の方法論と実践(東北大学出版会、2017 共編著)
ネット社会の諸相(学文社、2015 飯田良明と共編著)
キャリア教育論(慶應義塾大学出版、2015 荒木淳子・伊達洋駆と共著)
デジタル・ネイティブとソーシャルメディア(教育評論社、2012)など。