一人でも多くのシニア世代が社会貢献し、いきいきと働く仕組み作りを―NPO法人プラチナ・ギルドの挑戦
「NPOやボランティア活動に参加して、定年後も社会の役に立ちたい」という思いを持ちながら、実際に参加するとなると「自信がない」と感じるシニア世代は少なくありません。シニア世代が定年退職後も社会で活躍を続けるために、企業や個人はどんな課題を解決すればいいのでしょうか。認定NPO法人「プラチナ・ギルドの会」を2013年に仲間と設立し、顕彰事業やセミナー、講演の開催などを通じてシニアの社会参画を支援している奥山俊一氏にお話をうかがいました。
シニアが社会貢献を通して豊かなセカンドライフを送れるよう支援
「NPO法人プラチナ・ギルドの会」はどのようなNPOなのでしょう?
「一人でも多くのシニアが社会参画・貢献する社会の実現」を目的に、これまでビジネスの世界にいた人たちが中心に集まり、それぞれ関心のある分野でボランティアなどの活動をしつつシニアが社会貢献をするための手法を学び合うと同時に、これから退職時期を迎えるミドル・シニア期の会社員が社会貢献を通して豊かなセカンドライフを送れるよう支援したいと考えて設立した会です。「シニアが動く、日本が変わる」「会社の仕事から人生の仕事に」「支援される側から支援する側に」を理念とし、2019年2月現在、会員数は約68名です。
どのような活動をされているのですか?
毎月1回の定例会のほかに力を入れているのが、会社人・組織人として積み上げた経験・スキルを活かしてボランティアやプロボノなどで素晴らしい活躍をされているシニア世代を表彰する「プラチナ・ギルド アワード」事業です。2018年2月には第5回プラチナ・ギルド アワードの表彰式を開催し、本・文学・人をつなぐ「知の交流地点」を目指して秋田県では珍しい私設図書館「HonCo(ほんこ)」を開設した天雲成津子さんをはじめ6名の方を表彰しました。表彰式後にはNPOとNPO法人のために理事や、顧問、事務局などで働きたいと考えている人材のマッチングを行う「ボードマッチ」も開催しています。
また、ミドル・シニア世代が自分の将来について見つめ直し、退職後の社会貢献、社会参画をスムーズにするためのノウハウや姿勢を学ぶ「プラチナ・ギルド アカデミー」や「気づきセミナー」を開催しており、最近では企業のシニア社員向けに講演活動も活発に実施しています。
「利益のために」から「社会のために」。自身の価値観の転換がNPO設立のきっかけ
奥山さんが「プラチナ・ギルドの会」を設立された経緯を教えていただけますか?
私は三井住友銀行での36年間の勤務に続き、2002年より日本総合研究所の社長を4年間務め、会長を経て2007年に特別顧問になって今に至ります。社長退任という節目を迎えた時に自分の人生を振り返り、「これまでにやり残したことをしたい」と考えたことが「プラチナ・ギルドの会」の設立につながりました。
社長を退任して少し時間の余裕ができた時に、まず精を出したのは趣味の開発です(笑)。囲碁や謡曲をやり、クッキングスクールで和・洋・中の料理にチャレンジ。そば打ちもやりました。趣味に打ち込んだ日々は充実していましたが、思う存分楽しませてもらった後に湧いてきたのは、「これからの人生を自分だけのために使うのではなく、社会に対して何か恩返しをしたい」という思いでした。しかし、当時の私には会社関係のネットワークしかなく、どうすればその思いを形にできるのかわかりませんでした。
そんな時に出会ったのが、プロボノの中間支援団体の草分け的な存在である「NPO法人サービスグラント」の嵯峨生馬さんです。嵯峨さんは私が日本総研で社長をしていた時の若手社員で、彼が『地域通貨』という本を出版したということで説明に来てくれ、面識がありました。その嵯峨さんが、たまたま観ていたニュース番組に出演していたんです。連絡を取ってお会いしたところ、日本総研を退職してサービスグラントを立ち上げた直後で、「プロボノ」という概念もまだ日本ではあまり知られておらず、経営に苦労をしているとのこと。「力を貸してほしい」と言われ、特別顧問としてお手伝いをすることになりました。
いわゆる「会社人間」として利益の追求を第一に仕事をしてきた私にとって、社会問題の解決に取り組む嵯峨さんたちの姿に勉強させてもらうことが非常に多く、「私も次世代のために、そして、社会のために少しでも役立ちたい」という思いを強めました。また、サンフランシスコの「ボード・マッチ・イベント」を視察したのも得難い経験でした。米国には理事や顧問、相談役など経営の指南役として支援してくれる人材を求めているNPOと、支援したい人材の数が非常に多いことを知り、非営利組織が社会を変える大きな力を持っていることを実感しました。
そんな日々を過ごすうちに、ビジネスの世界でキャリアを積んだ豊富な経験やスキルを活かし、非営利組織を経営面から支援する日本のシニアが増えれば、社会がより良い方向に変わるのではと考えるようになりました。しかし、私自身もそうであったように、目の前の仕事に追われ、仕事以外のコミュニティとのつながりを築きにくかった多くのシニアにとって、定年退職後にいきなり何らかの社会貢献活動を始めるのは難しいものです。そこで、シニアが社会参画・貢献しやすい環境を作れたらと同じ志を持つ仲間と任意団体「プラチナ・ギルドの会」を立ち上げ、約1年後の2013年10月にNPO法人化しました。
在職中の行動が、定年退職後の社会参画のしやすさにつながる
「プラチナ・ギルドの会」を設立されて5年が経ちました。活動をされてお感じになった、定年退職後の方たちが社会で活躍するためのポイントがあれば、お聞かせいただけますか?
「社会の役に立ちたい」と考えているシニアはたくさんいますが、いざNPOやボランティア活動に参加してみると、過去の成功体験にとらわれてフラットでボランタリーな組織で働くことに難しさを感じ、活動を継続する自信をなくしてしまう人が少なくありません。そこで、2015年度より50歳以上の方たちを対象に「プラチナ・ギルド・アカデミー」を実施してきましたが、受講後に活発に活動されている方がいる一方で、行動につながらない方もいました。その違いをよくよく考えてみますと、前者には在職中から社外での活動を少しずつ始めていたり、漠然とでも退職後に自分がどのような人生を送りたいのか、イメージを持っている方が多いんです。
会社にいると毎日が忙しく、自分が将来どうしたいのかを考える時間すら持ちにくいものですが、少なくても、将来のためにどんな準備が役立つかをなるべく早い時期に知っておいた方がいい。当会の活動でたくさんのシニアと接する中でそう痛感し、最近は企業内の研修で現役の方々に向けてお話をさせていただくことが増えています。
ただ、シニアがより活躍できる社会の実現は、個人が変わるだけでは限界があります。もちろん、個人がリ・クリエイション(自己投資)のためにたゆまぬ努力をすることは大切ですが、問題を根本から解決するには日本社会における企業・社会・個人の関係性を見直していく必要があると考えています。
シニアが社会で活躍するためには、企業・社会・個人の関係性を見直すことが必要
企業・社会・個人の関係性がシニアの活躍にどのように影響するとお考えになっていますか?
私は三井住友銀行時代に主に国際金融を担当し、通算18年間英国で暮らしました。その経験から申し上げますと、欧米の企業に比べて日本企業は地域社会の一員としての意識が薄いと感じています。例えば、英国では1980年代の暴動の解決に向けてビジネス界のトップが集まって結成され、英国の上場企業の80パーセント以上が加盟しているビジネス・イン・ザ・コミュニティ(Business In The Community:BITC)という非営利団体があります。BITCは企業と社会の連携に取り組んでおり、加盟企業では社会貢献活動を積極的に行っています。一方、日本ではCSR(企業の社会的責任)を謳う企業は増えているものの、BITCのような大きな動きは見られません。
しかし、企業が長期的な成長のためにESG(環境、社会、ガバナンス)を重視し、国連で2015年にSDGs(持続可能な開発目標)が採択されるなどグローバルで社会と企業の連携が進む中、日本企業も転換を求められています。これからの日本企業は環境経営に注力するだけでなく、地域社会の一員として地域社会と共生している事実を自覚し、地域活動に積極的に参画していくことが重要なのではないでしょうか。また、企業の社会貢献活動の活発化によって社員が在職中から地域社会の貢献活動に取り組むようになれば、個人のネットワークも広がり、定年退職後の社会デビューもしやすくなるはずです。
もうひとつ重要なのが、企業と個人の関係性です。過去長期間にわたって、日本企業では「年功序列」と「終身雇用」を背景に企業主体のキャリア開発が行われ、社員はジョブローテーションで経験を積むスタイルでした。その結果、シニア世代の多くがゼネラリストとしての力は鍛えられているものの、専門性を身につけておらず、これも定年退職後の社会デビューのハードルになっています。しかし、高齢化で労働寿命が延びる一方、企業の平均寿命は短くなっており、これからは転職や副業・兼業が当たり前の時代がやってくることが予想されます。その時に必要なのは専門性、すなわち独立できる力であり、定年退職後にNPOやボランティアなどで活動するにしても同様です。この力を身につけるには自分のキャリアを主体的に考え、自分をリクリエイションしていく姿勢が大事であり、企業もそのために個人をバックアップしていくことが重要です。
社会貢献は仲間づくりや自己実現につながる。その楽しさを伝えたい
奥山さんご自身はプラチナ・ギルドの会の理事長のほか、日本総研、サービスグラントの特別顧問も務め、忙しい毎日を送っていらっしゃいますね。
おかげさまで、大変充実しています。銀行員時代の同期の多くはリタイアして悠々自適の生活を送っており、飲み会などで会うと「奥山くん、なぜそんなことをやっているの?」と言われます。でも、私にとってはやらない方が不思議です。私たちは高度成長期に働き盛りを過ごし、時代に恵まれて能力を活かし、企業にたくさんのチャンスを与えてもらいました。バブル崩壊の苦しみも味わったとはいえ、いわゆる「逃げ切った世代」です。一方、若い世代はバブル崩壊後の経済低迷期を生き、逃げるという選択はありません。運良く恵まれた時代に企業で働いて得られた知識やスキル、お金といった資産を恩返しのために使い、少しでも何かをしたい。そういう思いが私には以前からあります。
その思いを他者に押しつけるようなことはしたくありませんが、社会貢献の楽しさや社会貢献につながる活動をしているたくさんの素晴らしい方たちの姿をシニアはもちろん、社会全体に伝えていきたい。だから、当会ではWebサイトや中央区の防災ラジオ(インターネットラジオ)といったメディアを通じて広報活動にも力を入れています。
「社会に恩返し」なんてお話ししましたが、実は社会貢献活動をすることによって、社会から返ってくるものというのはすごく大きいんです。すんなりいかないこともあるかもしれませんが、活動を通じてさまざまな人に出会えるし、自分のやっていることが誰かに認めてもらえたり、喜んでもらえるというのは個人の人生にとって健康の源泉でもあるし、生きがいにもなる。社会貢献は仲間づくりや自己実現にもつながると実感しています。
特定非営利活動法人プラチナ・ギルドの会
http://platina-guild.org/
設立:2013年10月
事業内容
シニア世代の社会参画や社会貢献の支援を目的に設立。月1回の定例会のほか、広く活躍するシニアを周知するための顕彰事業や、定年退職後のシニアがスムーズに社会参画するためのノウハウや姿勢を学ぶ「プラチナ・ギルド・アカデミー」、「気づきセミナー」などを開催している。
認定NPO法人プラチナ・ギルドの会 理事長
奥山 俊一 氏
1966年、住友銀行(現在・三井住友銀行)入行。心斎橋支店勤務を経て、1972年よりロンドン支店に赴任。ディーリング、国際金融を担当。1997年帰国後、国際業務担当役員を務める。2002年から4年間、株式会社日本総合研究所代表取締役社長に就任。同会長を経て2007年6月より特別顧問。2013年、「NPO法人プラチナ・ギルドの会」を仲間とともに設立。