産業構造の変化と人材流動化時代に向けてのキャリア―これからの時代において、変化に対応しながらキャリアを構築できる力とは

産業構造の変化やテクノロジーの革新などの環境変化は、我々働く個人にとっても様々な影響を及ぼします。人生100年時代と呼ばれるように、キャリアの時間軸が伸長するこれからの時代においていかに対応していくべきか?キャリアをつくっていくために求められる力とは何か?
株式会社日本総合研究所理事の山田久氏にお話をうかがいました。

2018.10.11
インタビュー・対談

既存の様々な「壁」がなくなり、「融合」が起こる

昨今、100年ライフ時代と言われていますが、キャリアのつくり方はこれからどうなるのでしょうか?

株式会社日本総合研究所 理事兼主席研究員 山田 久 氏キャリアは自分が勝手に思い込んでつくるものではなく、世の中の変化に応じて求められるスキルを継続的に身に付けていかなくてはなりません。その意味では、まず世の中がどう変化するのかを予測することが大切です。
現在においても、産業構造が変化していますが、最大の原動力はデジタル技術の革新です。いわゆるAIやクラウド・IoTなどの台頭も含めて、さまざまな形に変化しています。
例えば、ドイツではインダストリー4.0と言っていますし、アメリカではデジタルトランスフォーメーションという言葉が使われています。いずれにしても、デジタル技術によって産業構造は大きく変わってきています。
その中身の本質的とは、様々な既存の壁が無くなり新しい融合が起こってくることといえます。ひとつは国境の壁。いわゆるインターネット技術で国境を跨ぎます。次に産業の壁です。例えば最近だと自動運転が話題になっていますが、自動車産業も変化にさらされています。そして企業の壁です。例えば自動車が自動運転になった後は、乗車中にその空間でどういうサービスを提供できるのかというフェーズになるといわれています。サービスとしては教育・娯楽などが融合していくことになるでしょう。そのように産業の壁がなくなれば、当然企業の壁もなくなるはずです。よって既存の企業の枠で考えるのではなく、これまで想像もしていなかった異質な産業の企業連携や合併が起こってきます。そういった動きが加速度的に進んでいるのです。

イノベーションの在り方が変わり、求められる能力(優秀さの定義)が変わる

企業はいかにイノベーションを起こしていくかが問われてくるのですね。

そうですね。既存サービスはどんどん衰退していくわけですから、いわゆる広い意味でのイノベーションを起こしていかないと駄目だと思います。
特に大手企業の場合は長期雇用保障の問題があるので、なかなか抜本的な改革に手が付けられません。しかし、業績は上げないといけないのでノルマ主義になります。ノルマ主義とは、結局無理な営業を行うことですから、ある時は業績が良くなります。しかし市場が衰退しているために、その次にはもう売れなくなって困ります。そこで安売りやディスカウントを行うことになりますが、かえって業績が余計に苦しくなる。そういう悪循環に陥ります。こうしたことからも、根本的にはイノベーションを創出しなければなりません。

株式会社日本総合研究所 理事兼主席研究員 山田 久 氏イノベーションは一体どうやって起こるのか。早稲田大学の入山章栄先生に基づけば、イノベーション理論の本質は次の通りに言えるでしょう。
イノベーションは「探索(探検)」と「深化」という2つの要素の組み合わせから成っています。つまり、外部から様々な新しいものをどんどん取り込んでいくというプロセスと、それを企業内にある既存のものと融合させながら、質を向上させていくことです。よくイノベーションは新しいものだけと思われています。しかし今あるモノを使いやすくして顧客にいかに届けるのか?ということも非常に大事です。こうした観点からもこの2つの組み合わせが必要になってくるのです。
日本企業で働く人は「深化」については得意ですが、「探索」が決定的に弱い。探索できる人を増やすためにどうすべきかを考えなければなりません。

そうなると、結果的に働く人たちに求められる能力が変わるため、優秀さの定義が変わってきます。人間の優秀さの一つに論理的であることが挙げられます。ところが、その論理性はAIによって人間より機械の方が優秀になるケースが出てきます。但し、AIは大量のデータが存在することを前提としています。
では人間にしかできないことはなんでしょうか?非連続的に全く異質なことを発想できること。コーディネーションできること。刻々と変化していく状況を的確に踏まえながら判断できること。人と人の信頼関係を築くこと。そして今現在でわかっていないことを創造できることです。

変化対応時代を乗り越えるための"3つの総合力"

優秀さの定義が変わっていく中でキャリア形成はどのように行っていけばいいのでしょうか?

『ワーク・シフト』(プレジデント社)の著者で有名なリンダ・グラットン教授の議論を参考にすれば、ポイントは3つあると考えています。「①複数の専門性をつける」「②ネットワークを構築する」「③自らの精神的な拠り所をもつ」ということです。

1つ目についてご説明しますと、従来のように一つの企業に採用され、長く勤めてあげて組織をよく知り、セネラリストとして仕事をする。そうしながら実力を付けていくことが優秀な人であると言われてきました。もちろんそういう能力は全否定されるものではありません。しかし変化の非常に激しい時代では、特定の分野を深く知らなければなりません。リンダ・グラットン教授がおっしゃっている「連続スペシャリスト」は言い得て妙だと思います。特定の深いスキルを身に付ける。その上で特定の分野にこだわらず、新しい分野の専門性を状況に応じて複数つくっていくっていうことが求められてきます。その時に重要なことは、どんな困難でも逃げずに自分の仕事として何かをやり遂げるということです。"自分でやっていける"という自己効力感は、やはり修羅場経験を通して得られる自信こそが源泉となります。

株式会社日本総合研究所 理事兼主席研究員 山田 久 氏2つ目のポイントについて話を進めますと、先程イノベーションを起こしていくために必要となる、新しいものをどんどん取り入れて壁を超えていく探索型の能力が日本企業のビジネスパーソンは非常に弱いと申し上げましたが、一方で「深化」もとても大切です。
深化の重要性という意味では、日本企業において安定的に雇用が保障されていることは悪い話ではないと思います。企業に長く勤め続けることで基礎的な能力をしっかり身に付けることができるからです。特に全く異質な世界の人たちと付き合っていくためには、社会人としての礼儀作法も含め、基礎的な能力を若い時にしっかり身に付けていくことが重要です。また、好きではない仕事や面白くない仕事もこなすことは、人生後半の飛躍のためにも必要な訓練・鍛錬と捉えて取り組むことに意義があるといえます。
そして先ほど、様々な壁がなくなるという話をさせていただきました。これからは異質な人、社外の人との交流機会を増やすことがとても大切です。
社会人大学院に通うと、全く違うバックグラウンドの人たちと触れ合う機会が増えますし、外部のネットワークに入ることで様々なメリットを享受できます。また昨今話題の副業からも同様の効果が得られます。あえて違う業種との人事交流など、これから様々な仕掛けを行っていくことが求められていくでしょう。

そうした意味では、横の連携をしていく。いわゆる今までの社内同士ではなくて、自分の価値観に基づいたつながりをつくることです。例えば、自分たちで技能の勉強を行うといった様なつながりです。様々な価値観同士で自主的なつながりが生まれてくることは大事だと思います。こうしたネットワークがあって、メンバーは相互に切磋琢磨するようになり、いざという時のセーフティーネットにもなります。どうしようもない上司の下で働いてもしょうがない、転職すると言って飛び立てることができるわけです。しかし外の世界を知らずにいると、企業にしがみつくしかなくなります。だからこそ、働く人たちのネットワークやコミュニティは重要になります。リクルートOBがなぜ起業するのか、若いうちにキャリアチェンジができるのか?それは、彼・彼女らはネットワークを持っているからだと思います。いざとなれば仕事や人を紹介してもらえますから。

ネットワークをつくるときに大切なのは、複数のコミュニティや専門的なネットワークに、マルチに属していくことです。よく2本脚打法といいますが、1本が折れても違うもう1本の脚で支えることが可能となります。脚は3本でも4本でもあればある程良い。最終的にキャリアを決めるのは自分ですから、複数の脚があると選ぶことができるようになります。しかし逆に1本しかないと選択肢がありませんので、キャリアオーナーシップを自分で持てるはずはありません。オーナーシップとは複数の選択肢の中から自分で選ぶことですから、複数の足場を作ることが必要なのです。その第一歩は、何らかの外部コミュニティに属するところから始まります。

こうした意味では、企業に属することは実は大事重要なことなのです。慣れた安全地帯があれば、外のコミュニティでの活動で失敗しても帰れるところ(=所属企業)があるということは大切なことなのです。
副業もその第一歩としていけばよいのです。ただし、副業にも良い副業と悪い副業があります。自分のキャリアにとって相乗効果を生む副業が良い副業です。特にお金稼ぎだけを目的とした副業は最悪です。また、自分が所属する企業と敵対することを行うことも得策ではありません。企業と敵対すると、事実上副業先に寄り掛かることになり、所属企業でも副業先の中でも次第に立場は弱くなり、自分の力が発揮できなくなります。

最後のポイントとして、精神的な拠り所を意識的に作ることが大変重要になります。やはり人間は安定を求めます。しかし、安定を求めると時代に取り残されてしまうので、チャレンジしなければなりません。しかし絶えず新しいものにチャレンジし続けることはプレッシャーに感じたり、とても不安定な状態に陥ることもあります。だからこそ、自分のことを理解してくれる人や、本当に腹を割って話せたり、何でも相談でき信頼できる人がいることが大切になります。これは家族かもしれませんし、学生時代の友達かもしれません。
精神的に安定できる小さなコミュニティを意識的に持つことが、キャリアを充実させ、豊かなものにしていくためには欠かせない要素であると思います。

従来のような会社任せの人生ではなく、変化の時代にキャリア自律していくためには、自分にとってどんな適性があるのかを理解するべく様々な経験を積むことが前提となります。キャリアは、偶然の産物ということが結構ありますので様々な機会にチャレンジし、外部の人との縁をきっかけにすることで、結果として、自分はこの分野でやっていくんだということを決めていくことにつながっていくのです。
また、経験を通じて、一定のキャリアが身に付いたとしても、その後も単純に一つのみにこだわることなく、さらに世界を広げていく努力をし続けることが大事だと思います。

これからの時代は変化対応力が重要です。キャリアオーナーシップを持って、社会の変化の兆しを捉えていく。そのためには、ネットワーク力を育んで、様々な情報が入ってくるようにする。その上で意識的に修羅場経験をして、自分でこれからやっていける自信を持つ。そして、やはり最後に安定できる精神的な拠り所を持つ。不安感や精神状態が崩れるとアウトですから。この3つの総合力をしっかり意識して育むことが、これから働く人には求められてくると思います。

株式会社日本総合研究所
理事兼主席研究員 山田 久

経済学博士(京都大学)。専門はマクロ経済分析、経済政策、労働経済。
1987年、住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。
日本総研へ出向後、経済研究センター所長、調査部長・チーフエコノミストなどを経て2017年から現職。

主な著書
同一賃金同一労働の衝撃「働き方改革」のカギを握る新ルール(日本経済新聞出版社)
失業なき雇用流動化−成長への新たな労働市場改革(慶応義塾大学出版会)

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