シニア世代の「役割創造」を
支援するために企業ができること
「役割創造プロジェクト」では、これまで年齢を超えて活躍するミドル・シニアの方々にお話をうかがうとともに、ミドル・シニアのキャリア開発を支援するための取り組みについて企業に取材をしてきました。当コンテンツでは各社の取り組みの概観を通し、読者のみなさまに企業事例からより多くのヒントを得ていただくことを目的に、シニア世代の「役割創造」を企業が後押しするためのポイントについて、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 雇用推進・研究部長の浅野浩美氏にお話をうかがいます。
シニアが働く機会を確保するだけでなく、戦力として力を発揮してもらう時代へ
―まずは高齢者雇用をめぐる企業の動向についてお聞かせいただけますか?
少子高齢化による労働力人口の減少を背景に、2012年に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用が確保されるようになりました。2017年にはこのための措置を講じる企業の割合は99.7パーセントとほぼ100パーセントに近くなっています。実際に働くシニアも増えており、2017年における60歳以上の就業者は1328万人(総務省「労働力調査」)と過去最多。シニアの労働意欲も高く、内閣府の調査によると、60歳以上の男女の7割弱が65歳を超えても働きたいと答えています。
さらに、このところの雇用情勢改善による人手不足感を背景に、中小企業だけでなく大企業にもシニア社員の活躍を喫緊の課題とする企業が増えています。「法律で定められているから、シニアにも働いてもらう」のではなく、シニア社員に戦力として力を発揮してもらう時代へと変化しているのです。ところが、実際にはシニア社員のモチベーション維持など課題を抱えている企業が少なくありません。
―シニア社員がこれまで以上に活躍できる環境づくりのために、「定年延長」や65歳を超えた継続雇用の延長なども提案もされていますね。
高齢者雇用の現状を見ますと、ほとんどの企業が65歳までの雇用確保をしているとはいえ、60歳が定年の企業が8割近く。定年後は1年ごとに再雇用契約を結ぶという企業が多数を占めています。2018年6月現在、65歳以上を定年に設定している企業は18.1パーセント。昨年の17.1パーセントと比べると上昇していますが、301人以上で見ると9.9パーセント(平成30年「高年齢者の雇用状況」6月1日現在)。再雇用制度を否定するわけではありませんが、一旦定年を迎えると本人も周囲もそれまでとは意識が変わりがちです。また、役割や処遇の変化によってモチベーションの低下が起きやすいのも事実です。
それに対して、当機構が2017年12月から2018年1月にかけて行った「定年延長実施企業調査」では、定年延長した企業は「シニアのモチベーションアップ」「人材確保に有利」「雇用管理がしやすい」といったメリットを感じていることがわかりました。また、60歳定年後65歳までシニア社員を再雇用している企業と、65歳以上に定年を延長した企業に60歳前半層の活用について聞いた調査では、「ある程度満足している」まで含めれば、どちらも9割以上が満足していますが、「満足している」と高く評価している企業は、前者で28.5パーセントであるのに対し、後者は49.0パーセントと定年延長の方がかなり高くなっています。
資料出所:高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)「継続雇用制度の現状と制度進化―「60歳以降の社員に関する人事管理に関するアンケート調査」結果より―」
ただ、「定年延長」には「組織の若返りが進みにくい」「人件費がかさむ」「制度改定に時間がかかる」といったデメリットもあります。一方、再雇用制度を実施している企業にも制度の運用を工夫してシニア社員が活躍しているケースはたくさんあります。処遇を改善した、複数のコースを設けたなど、再雇用制度を「進化」させた企業もあります。シニア社員に戦力として力を発揮してもらうために大事なのは、「定年延長」を導入するかどうかではなく、経営状況、業務内容、人員構成などを踏まえ、それぞれの企業に合った制度とすること。そして、自社に合ったかたちで制度を運用し、施策を展開していくことだと思います。
一番大事なのは、会社がシニア社員に何を期待しているかをきちんと伝えること。
―社会においてポジションを持ち、自らのキャリア資産を活かして価値提供している状態のことを当社では「役割創造」と呼んでいます。シニア世代の「役割創造」を企業が支援するためには、どんな施策が考えられるでしょうか。
一番大事なのは、シニア社員に役割をしっかり伝えることです。60歳を超えても職務内容や役職が変わらない企業もありますが、ある段階で職務内容が変わったり、役職定年を導入している企業は多く、大企業ほどその傾向が見られます。さまざまな企業にヒアリングをしていますと、シニア社員の多くは役割の変化そのもの以上に、新たな役割が何かがわからないことに戸惑うというお話をよく聞きます。
「シニア社員は長く会社にいるのだから、わざわざ言わなくてもわかるのでは」などと考えてしまいがちですが、面談などで職務内容を具体的に話し、「知識・ノウハウの伝承をお願いしたい」「担当者として成果を出してほしい」などどんな役割をどの程度期待しているのかを伝えることが大事です。そのためにはシニア社員の上司に会社の高齢者雇用の方針を理解してもらった上で、それぞれのシニア社員に適切な役割を職場でよく検討してもらうことが必要でしょう。また、新たな役割を同僚にも周知しておくことにより、 シニア社員が周囲と円滑に仕事をし、力を発揮しやすくなります。
―ある段階で役割が変わる場合、企業はシニア社員の新たな役割をどのように考えればいいのでしょうか。「60歳定年後に再雇用で働く社員に単純労働型の業務をお願いしたところ、モチベーションが下がってしまった」「59歳以前とほぼ同じ仕事をしてもらっているが、今後シニア社員の数が増えると、若い世代の業務がなくなる」といった声をよく聞きます。
企業によってさまざまな事情があり、皆さん、いろいろな工夫や努力をされていますね。大事なのは高齢者雇用を経営戦略や企業戦略上どう位置づけるのか、しっかり考えることです。ビジネスモデルに合わせて力を発揮してもらう、シニア社員の力を活かす一方で、若手・中堅社員に長期的な視点からさまざまな経験を積ませるなど工夫が必要です。
仕事内容に大きな変化がなければ、シニア社員の能力・経験を生かしやすいことは確かでしょう。当機構で定年延長した企業を調査し、定年延長の効果と59歳以前と60歳以降の仕事内容の同一性、責任の同一性との関係を重回帰分析という方法で分析したところ、仕事内容の同一性が高い企業ほど効果が大きいという結果が出ました。一方、責任の同一性はあまり関係ありませんでした。役職の変化に対して個人のさまざまな受け止め方はあると思いますが、仕事内容の変化ほどは役職定年の効果に影響を与えないということは、シニアの役割を考える上でひとつのヒントになるかもしれません。仕事内容についても同一性自体がマストなわけではなく、同じだと力が発揮しやすいということでしょう。本質的にはシニア社員が「力を発揮できることは何か」を考えるのが企業のやるべきことだと思います。
公正な評価・処遇は、会社からの期待を伝えるメッセージにもなる
―評価と処遇についてはどうでしょうか。
定年延長を行った企業では、人事評価もちゃんと行っているようです。中には評価項目を見直して、新たな役割にふさわしいものとした、という企業もあります。処遇は役割の変化に応じて変わりますが、処遇が下がる場合、なぜその処遇なのか、納得できるかどうかがモチベーションに影響してきます。再雇用の場合、かつてはシニア社員にゆるやかに働いてもらうことを前提に、「評価らしき評価はなく、処遇は一律」という企業も多かったのですが、再雇用制度も「進化」してきて、そういった企業は減ってきています。
―当社の「役割創造プロジェクト」で取材させていただいた積水化学工業さんも60歳の定年後は再雇用制度を採用していますが、成果に基づく評価・処遇を徹底しています。
記事を読ませていただきましたが、評価基準が明確であることや、再雇用前と同様に上司との目標設定面談、中間・期末のフィードバック面談により評定を決定されている点は素晴らしいと思いましたね。仕事への取り組み方や成果に関わらず評価・処遇が一律ではモチベーションの維持ができないのも無理はありません。仕事ぶりをきちんと見て公正な評価・処遇を行うことは、納得性を高めるだけでなくシニア社員に対して会社が期待していることを伝える大きなメッセージにもなります。
―処遇については、賃金設定の方法や、原資の捻出に頭を悩ませる企業も大手では特に多いようです。
シニア社員だけでなく社員全体が納得でき、企業にとって負担増にならない仕組みを考えるのは骨の折れることではありますが、できないことではありません。例えば、2007年から65歳定年制を導入されているサトーホールディングスさんは2017年2月に役職定年の見直しとともに賃金カーブを変更することによって、原資総額を大きく増やすことなくシニア社員のモチベーション維持を狙っています。他社のさまざまな取り組みを知ることもヒントとなると思います。
自社に合った制度や施策を策定するには、人事と現場が離れないことが大事
―「役割創造」されているミドル・シニア世代の方々のお話をうかがっていますと、企業による支援ともに、キャリアに対する個人の意識の重要性も感じます。
ミドル・シニア期は役職定年、定年といった大きな変化がある時期。その変化を乗り越えて活躍し続けるには、今の自分に何ができるのか、何をしたいのか、主体的にキャリアを切り開いていく意識を持つことが大切です。ただ、毎日忙しく働いていると、自分について考える時間は後回しにしがちですし、キャリアについてどう考えればいいのかわからないものです。研修など自分のキャリアをじっくりと考える場を企業が提供することも必要でしょう。また、シニア社員の活躍に上司のサポートは欠かせません。シニア社員を管理する立場にある管理職を対象に、サポートのあり方やシニア社員との接し方を学ぶ研修を実施するのも有効でしょう。例えば、サントリーホールディングスさんでは、シニア社員も含めたダイバーシティを意識した管理職研修を行っています。
―最近では新任管理職研修の中で、シニア社員とのキャリア面談を意識したロールプレイも実施されていると取材でうかがいました。
サントリーさんには当機構もヒアリングをさせていただきましたが、社員に対して入社時から継続的に自律的なキャリア形成を支援されていることが印象的でした。「キャリアサポート室」というキャリア開発専門の部署を設け、「キャリア・ワークショプ」と呼ばれるキャリア研修を若いうちから何度も実施したり、海外からの異動時や育児休暇からの復帰時などキャリアイベントごとに個人面談を実施するといったきめ細やかな支援をされています。その成果もあって、「自分のキャリアに責任を持つ」という意識や「成長し続けたい」という思いを持つ社員が全体に多く、役職定年後に自ら新たな職域を開発して素晴らしい活躍をしているシニア社員もいます。
―個人の意識だけでなく、企業風土や社風もシニア社員の活躍度に影響しそうですね。例えば、ソフトバンクさんは社員の平均年齢が比較的若く、ミドル・シニア社員にフォーカスしたキャリア開発支援はこれから本格化する段階ですが、「自らチャレンジする社員には年齢を問わずどんどん機会を与える」という創業以来の企業風土があり、シニア層もアクティブな印象です。実際、50代半ばでジョブポスティングに応募して新分野で活躍しているシニア社員もいます。
社員のチャレンジ精神を応援する風土があると、「自分で自分の道を切り開く」という姿勢が社員に生まれやすく、キャリア自律意識にも影響を与えると思います。ただ、今のミドル・シニア世代の社員には60歳を超えて働き続けることを想定していなかった人がほとんど。すでにソフトバンクさんでも始めていらっしゃるように意識転換のための支援は大事だと思います。社員の自律を促すような社風があると、「モラルダウンしたシニア社員が多く、若い世代の士気が下がる」といったことが起きにくい。ソフトバンクさんのような社風を持つ企業がミドル・シニア層のキャリア開発支援を本格化させれば、効果はとても大きいのではないでしょうか。
複数の企業の例を挙げてお話ししてきましたが、ミドル・シニア社員のキャリア支援のための制度や施策は企業によって本当にさまざまです。それだけに、どうすればその企業に合った制度や施策ができるのか一言で言うのは難しいですが、社員の意見を吸い上げる仕組みがうまく機能していたり、経営層や上司に社員の話をきちんと聞く姿勢があることがポイントだと思います。人事と現場が離れないことが大事ですね。
お話をうかがった方
- 雇用推進・研究部長 浅野浩美氏 1983年、一橋大学社会学部卒業。労働省(現・厚生労働省)入省。大阪レディス・ハローワーク所長、職業能力開発局キャリア形成支援室長、職業安定局首席職業指導官などを経て、2016年より現職。
博士(システムズ・マネジメント)。日本キャリアデザイン学会常務理事。
プロフィール
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 設立 2003年10月(2011年10月、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構より名称変更)
事業内容
「誰もが職業を通して社会参加できる共生社会」を目指し、高齢者や障害者、求職者などに対する総合的な雇用支援を行う厚生労働省所管の独立行政法人。高齢者や障害者の雇用支援のための相談や助言、助成金の支給、職業リハビリテーション、障害者雇用給付金の徴収、求職者や在職者に対する職業訓練など国の高齢者雇用、障害者雇用、職業能力開発施策の多くを国に代わって実施している。高齢者雇用の分野では、その促進を目的に高齢者の雇用や再就職に関わる具体的な諸問題についての調査研究も行っており、啓発誌『エルダー』の発行のほか、各種資料をホームページで公開。2010年以降に定年延長、継続雇用を行った全企業を対象に行った調査結果を分析したレポート「定年延長、本当のところ」「雇用継続、本当のところ」もダウンロードできる。
ホームページ:http://www.jeed.or.jp/
「定年延長、本当のところ」「雇用継続、本当のところ」