【専門家に聞く】ミドル・シニア社員のキャリア研修に効果はあるのか?

働く時間軸の延長に伴い、ミドル・シニア社員のモチベージョン向上のためにキャリア研修を導入する企業が増えていますが、果たして社員はその効果を本当に感じているのでしょうか。さまざまな企業に勤務するミドル・シニア層を対象に実施した調査データをもとに分析した「キャリア研修の現状と効果」を2018年9月に発表した独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 雇用推進・研究部長の浅野浩美氏にお話をうかがいました。

2019.02.07
専門家コラム

受講者の約9割がキャリア研修を評価。研修目的もポジティブに捉えている

2018年9月に公表された「キャリア研修の現状と効果(※)」は、キャリア研修受講者に企業経由ではなくダイレクトに実施した調査データをもとに分析が行われており、ミドル・シニア層のキャリア研修の効果を知るうえで大変貴重なレポートですね。調査結果についてうかがう前に、このレポートにおける「キャリア研修」の定義を教えていただけますか?

※大手調査会社が保有するモニターのうち株式会社で雇用されている(経営者、役員は含まない)50〜64歳を対象に2018年1月から2月にかけて実施したインターネット調査から、過去3年以内に企業負担で行うキャリア研修を受講したことのある50歳から59歳の正社員(現在勤務する会社で勤続年数3年以上)1,657名のデータを抽出し、分析。

回答者が「キャリアについて考える要素のある研修だった」と受け止めたものを「キャリア研修」としています。そのため、「退職準備研修」「ライフプラン研修」など一部でキャリアについて考える要素が含まれた研修や、階層別研修の一部にキャリアについて考える要素が含まれている研修であっても、受講者本人がキャリアについて考える研修だと受け止めていれば、「キャリア研修」として取り扱っています。

レポートでは50代のキャリア研修受講者のデータを分析されています。キャリア研修に対する回答者の評価はいかがでしたか?

「研修を受けて良かったか」をたずねたところ、「良かった」22.2パーセント、「まあ良かった」67パーセント、「あまり良くなかった」8.4パーセント、「良くなかった」2.4パーセント。「良かった」「まあ良かった」を合わせると約9割が研修を評価しています。

2012年に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用は確保されるようになりましたが、長く戦力として活躍するためには準備が重要です。ところが、当機構が2016年に行った調査によると、60代前半層の半数近くが50代に準備を行っていないという結果が出ています。「準備をした」と答えた場合も、その内容は健康や生活設計が多く、仕事に必要な知識・技能の習得やキャリアプランの設計などを行った人は1割強に過ぎません。

50代は責任ある仕事をしています。それと並行して、個人の力だけでミドル・シニア期のキャリア開発について考えたり、準備をしたりするというのは簡単ではありません。こうした中、企業がキャリアについて考える機会を研修やセミナーといった方法で提供することには大きな意味があります。

今回の調査では、回答者が研修受講後に研修の目的をどう捉えたかについても聞きましたが、「自らの働き方について考える」(56.9パーセント)、「モチベーションを維持・向上する」(39.1パーセント)、「社内で長く働くことを促す」(21.5パーセント)など働き続けるための研修として受け止められており、社外への転出を促す研修と受け止めた人の割合は1割に満たない数字でした。少なくとも調査結果からみる限り、かつてのようにミドル・シニアを対象としたキャリア研修を「肩たたき研修」などと受け止める人は少数派でした。

時間が長い研修の方が効果は大きいが、短い時間の研修でも効果はある

研修の効果については、どのように調査をされましたか?

「キャリアについての考え方」に関係する18項目についてキャリア研修受講前に比べ、受講後にどうなったかを7段階で答えてもらい、それをポイント化して平均スコアを出しました(図表1「キャリアについての考え方」グラフを掲載する)。ほぼすべての項目において効果がみられ、特に「キャリアについて考えるようになる」「しっかり働きたいと思うようになる」といった点で効果が大きいと言えそうです。

キャリア研修受講後のキャリアについての考え方(平均スコア)
資料出所:高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)「65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―」

年齢や従業員規模、研修時間によってキャリア研修の効果に違いがあるかについても調べました。まず、年齢別の違いの有無については、50〜54歳と55〜59歳の平均値を比較。その結果、「これから期待される役割がイメージできるようになった」「仕事で役立ちたい気持ちが強まった」「このあとも成長したい気持ちが強まった」「キャリアについての危機感が高まった」の項目については、50〜54歳の平均スコアの方が55~59歳の平均スコアよりも高くなっています。キャリア研修の目的とも関係しそうですが、50~54歳の方の方が効果がありました。

企業規模による違いはどうでしょう?

従業員数「299人以下」「300〜2999人」「3000〜9999人」「10000人以上」の企業についてそれぞれの平均値を比較したところ、「キャリア設計について自ら考えるようになった」など規模が大きい企業で平均スコアがより高い項目がある一方、「会社で求められる力を身につけようと思った」「これから期待される役割がイメージできるようになった」といった項目では、むしろ「299人以下」の企業の平均スコアがより高いという結果になりました。研修の目的が異なる可能性がありますが、それでも、それぞれに効果があることがわかります。

ところで、今回の調査データからは、規模の大きな企業は研修の時間が長く、内容も充実している傾向があることがわかっています。それにもかかわらず、「299人以下」の企業のスコアが高い項目がたくさんありました。では、せっかく充実した研修を行ってもあまり効果はあまりないのでしょうか。研修時間に着目して、「2時間以内」「2〜4時間未満」「4時間〜8時間未満」「8時間〜12時間未満」「12時間〜16時間未満」「16時間以上」に分けて平均スコアも比較してみたところ、8時間以上の研修において平均スコアが高くなっていました。

なお、今回の調査では平均スコアが4をある程度超えれば「効果があった」とみなすことができますが、研修時間が「2〜4時間未満」の企業であっても4.5を超える項目が10項目もありました。「研修時間が短くても、効果は見られる」ということも注目すべき点だと思います。

「役割創造」につながるキャリア研修のポイントは、会社の経営戦略や人事戦略との一貫性

当社でミドル・シニア社員のキャリア研修を実施している企業の方に研修の効果をうかがうと、肯定的なお答えが多いのですが、浅野さんの調査結果はそれを裏づけていますね。ただ、「研修の効果が持続しない」という悩みの声も聞きます。シニア社員がそれぞれの職場に戻った後に研修の効果を生かし、行動につなげるために企業ができることは何でしょうか。

キャリア研修は長くても数日間に過ぎず、研修を実施するだけでは効果の持続は難しいでしょう。フォローアップや職場との連携を図ることが大切です。

フォローアップとは、受講後のキャリア面談や上司との話し合いなどでしょうか。

調査結果によると、受講後に面談の機会が用意されていると回答した者は約3割でした。研修受講者に聞いていますので、機会があってもそれが伝わっていない可能性もあるかもしれません。この調査を実施する前にミドル・シニア社員を対象としたキャリア研修に先進的に取り組んでいる9社の人事担当者の方にヒアリングを行ったのですが、その多くで研修後に面談の機会を設けていました。希望者に対して面談するという企業が多かったですが、中には必ず面談をするという企業や、むしろキャリア面談がメインで研修は面談の効果を高めるために実施しているという企業もありました。

一方、上司への報告、話し合いについては、今回の調査結果から、規模の大きな企業において課題があることがわかりました。研修後の報告、話し合いが行われていない、行われていても、深い話はしていない傾向が見られたのです。大企業などでは、上司が抱える部下の数も多く、年代的に逆転しているようなケースも珍しくありません。素直に話しにくい、職場が忙しいといったこともあるかもしれませんが、ここは最も大事な部分です。

そのためには、研修の目的や狙いを本人はもちろん上司にもきちんと伝え、理解してもらうことが大切です。上司が研修の目的を理解していれば、「研修のために繁忙期に職務を抜けて、戻ってきたら周囲の目が冷たかった」といったことが起きにくくなりますし、研修による受講者の変化を見守ったり、支援したりしやすくなります。

また、根本的な問題として、会社がミドル・シニア社員に期待する役割が明確でなく、ミドル・シニア社員の活躍をイメージできていない場合もあるでしょう。そのような状態では、受講者のモチベーションが研修でどんなに上がっても、行動につなげることは困難です。「モチベーションはあがったけれど、どうすればいいのでしょう」ということになってしまいます。単にキャリア研修をすればよいというのではありません。今後、会社として何に力を入れ、その中でミドル・シニア社員にどんなふうに力を発揮してもらい、どう処遇していくのか、そういったことと合わせて考えていくことが必要です。効果を持続させ、成果につなげるには、研修の目的や内容と、会社の経営戦略、人事戦略との間に一貫性があることが重要です。

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 雇用推進・研究部長 浅野浩美氏

お話を伺った方:
雇用推進・研究部長 浅野 浩美 氏

1983年、一橋大学社会学部卒業。労働省(現・厚生労働省)入省。大阪レディス・ハローワーク所長、職業能力開発局キャリア形成支援室長、職業安定局首席職業指導官などを経て、2016年より現職。
博士(システムズ・マネジメント)。日本キャリアデザイン学会常務理事。

機構概要

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構

設立 2003年10月(2011年10月、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構より名称変更)
事業内容
「誰もが職業を通して社会参加できる共生社会」を目指し、高齢者や障害者、求職者などに対する総合的な雇用支援を行う厚生労働省所管の独立行政法人。高齢者や障害者の雇用支援のための相談や助言、助成金の支給、職業リハビリテーション、障害者雇用給付金の徴収、求職者や在職者に対する職業訓練など国の高齢者雇用、障害者雇用、職業能力開発施策の多くを国に代わって実施している。高齢者雇用の分野では、その促進を目的に高齢者の雇用や再就職に関わる具体的な諸問題についての調査研究も行っており、啓発誌『エルダー』の発行のほか、各種資料をホームページで公開。
ホームページ:http://www.jeed.or.jp/
「キャリア研修の現状と効果−−−アンケート調査結果から」
「キャリア研修の現状と効果−−−9社の事例から」

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