2020.09.23 ストーリー
シニア人材役割創造調査研究 #02
法政大学大学院 石山恒貴研究室×ライフワークス シニア人材"役割創造モデル"共同調査研究プロジェクト振り返り座談会(前編)
活躍しているシニア人材は、役職定年や定年などのキャリアトランジションをどのように乗り越え、組織内で新たな役割を見つけているのでしょうか。ライフワークスではシニア人材の「働きがい」と企業の生産性向上に貢献することを目的に、「大手企業で働く50〜60代社員が、自社内で役割を発揮して活躍している要因」を明らかにするための調査を法政大学大学院政策創造研究科 石山恒貴研究室と共同で実施。その成果を「シニア人材の役割創造実現に向けた提言」としてまとめました。この共同調査プロジェクトに参加した研究室のみなさんと、当社事業企画部長野村圭司による振り返り座談会の様子をお届けします。
「役割創造」とは何か。調査研究のための再定義が必要だった
―今回のプロジェクトが始動した背景を教えていただけますか?
野村:当社では、「役割創造®」というコンセプトのもと、研修やコンサルティングを通して企業のシニア人材のキャリア開発をお手伝いしてきました。シニア人材のキャリア開発について課題を抱えている企業は多く、とくに役割や職域の開発と最適な人員配置、効果的な職場マネジメントが大きなテーマになっています。それらの解決に向けて、「活躍し続けているシニア人材はどのように役割創造しているのか」を知り、その要因を明らかにすることが一助になるのではと考えました。
そこで、かねて当社がお世話になっていた法政大学大学院教授の石山恒貴先生にご相談したところご賛同いただき、石山研究室のみなさんとの共同調査プロジェクトが実現しました。
―プロジェクトが始まったのはいつごろですか?
野村:2018年2月です。今回の調査研究のゴールは、シニア人材の「役割創造モデル」ですが、当社では「役割創造®」という言葉を「仕事・職務や社外活動においてポジションを得て、自らのキャリア資産を活かして価値提供している状態」と定義し、シニア人材のキャリア開発サービスのコンセプトとして大切にしてきました。ですから、最初の打ち合わせでは、意気揚々とこの定義についてお話ししたのですが、研究室のみなさんを困らせてしまって...。「この定義のままでは、正しい調査結果を得られません」と言われてしまいました。
北川:そんな、そんな。困ってないですよ(笑)。ライフワークスさんの「役割創造®」の定義は感覚的には理解できるんです。私たち研究室メンバーもそれぞれ会社員としての経験があるので、「なるほど、ああいう人のことを指すんだな」とイメージできる。ただ、一般的な言葉ではないので、今回の調査研究において「役割創造をしている」というのはどういう状態なのか、より明確に言語化する必要があったんですね。
岸田:今回の調査では最終的に14社39名(人事部が「職場の中で役割創造している定年再雇用者、または役職定年者」として人選した21名とその上司18名)にインタビューしましたが、企業に人選をお願いするためにも明確な定義づけが非常に重要でした。そこで、野村さんを含めて議論を繰り返し、「役割創造」とは何か、再定義をしていきました。
谷口:まず、どんな場での「役割創造」を調査対象とするのかを議論しましたよね。ライフワークスさんの定義には社内活動のほかに社外活動も含まれていますが、社外活動の調査は範囲が広すぎて難しい。企業を対象に、組織内での「役割創造」について調査したほうがより正確な結果が出ると考えました。さらに、「価値提供している状態」とは何ができている状態か、「キャリア資産」とは何かといった、ライフワークスさんの定義の一つひとつの言葉について議論。最終的に、今回の調査は「役割創造」を「組織内において、自ら置かれた環境を理解し、これまでの経験や学習から仕事の意味づけを行い、組織内で新たな役割を作り出し、パフォーマンスを上げている状態」と定義づけて実施しました。
ミドル・シニアの「役割創造」のプロセスは、初回モデルのようには「きれい」ではなかった
- 組織内役割創造しているシニアは、個人が持つ「仕事の資源」と「個人の資源」の2つの資源を起点に、自らの「仕事の意味づけ」を行う。
「仕事の意味づけ」は組織からの「期待役割の明示」によってその作用を促進していると考えられる。(図中-①) - 自らの仕事に意味づけがなされると、個人の「ワークエンゲージメント」が高まり、職務範囲や役割を変更したり、人との関わり方や範囲を変更したりする「ジョブ・クラフティング」につながると考えられる。(図中②-③)
- 「ジョブ・クラフティング」の結果としての「パフォーマンス」が、組織から明示された期待役割と一致している場合、「周囲の評価」が高まると考えられる。(図中④-⑤)
- シニアの組織内役割創造のプロセスモデルの起点となる2つの資源は、これまでの研究から密接な関係を有していることが明らかになっている。
仕事の自律性やパフォーマンスのフィードバック、上司のコーチングといった組織内の要因である「仕事の資源」が上がれば、自己効力感や楽観性、レジリエンスといった個人の内的資源である「個人の資源」も上がると考えられており、相互に影響しあっている。そのため、組織内役割創造のプロセスにおいては、組織としては、仕事の権限委譲、成果に対する適切な評価、上司の支援を高めることが必要となる。
一方、個人としては、内的資源を活用する意思を持つことや既存の「個人の資源」そのものを拡大していくことが重要であると考えられる。
―その次のステップとして、先行研究をもとに「シニアの組織内役割創造プロセス組織モデル(図表1)」を策定されたとうかがっています。
北川:個人モデルはライフワークさんで策定したものがあり、それを初回モデルにしようと。組織モデルについては、まずベースとする研究領域を決め、「ジョブ・クラフティング」や「心理的契約」といった先行研究の論文を読みながら議論を重ねて初回モデルを作り上げました。このモデルの完成度が結構高いと感じていたので、当初はこれら2種類の初回モデルをもとに質問項目を設定し、シニア社員や上司へのインタビューとアンケートを実施する予定でした。ところが、数組のインタビューを実施した時点で、「あれ? なんか違うよね」と初回モデルに違和感を覚えたんです。
岸田&谷口:(うなずく)
北川:簡単に言うと、インタビュー対象者のお話の内容はモデルのようにはきれいではありませんでした。初回モデルでは、「上司が期待役割の明示をすることによって、個人が自らの仕事に意味づけをし、ワークエンゲージメントが上がる」という仮説を立てていました。つまり、先行研究の多くでそう言われていたんですね。ところが、実際にお話を聞いてみると、個人の心の動きはもっとモヤモヤしていたし、そもそも上司が期待明示をしていないケースが多そうでした。そこで、これは一旦モデルを離れて、インタビュー対象者に「役職定年」や「定年」といったキャリアトランジションにおいての気持ちの動きや、仕事への姿勢の変化などをゼロベースから聞こうということになったんです。
慎重に検討した学問的手法にのっとって、インタビュー調査を実施
岸田:それに伴い、調査手法も検討し直しました。気持ちの動きや仕事への姿勢の変化をより詳細に分析するには、定量調査よりも定性調査が適していると考え、アンケートはやめることに。さらに、妥当性を獲得するため、インタビュー調査のデータ分析手法をかなり慎重に検討し直しました。
質的研究の分析手法には「KJ法」や「SCAT」などさまざまなものがありますが、今回採用したのは、「修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)」という分析手法です。「M-GTA」はもともと社会学の分野で編み出された手法で、看護学に取り入れられて広まったのですが、最近は経営学でも注目されています。「プロセス性のあるもの」や、「社会相互作用性のあるもの」の研究に適しており、今回の調査テーマに合致していることから、この手法でやろうとなりました。
谷口:「M-GTA」では、「データの分析においてどういう人間に焦点を当てるか」という「分析対象者」の設定を重視しています。最終的には「組織内で活躍している、上司から評価されている大企業の定年再雇用者」と設定しましたが、これはインタビュー実施の過程で繰り返し見直しをしました。
岸田:また、「M-GTA」は限定されたデータにおいて有効性をより発揮する手法なので、データの精査にも時間をかけました。例えば、今回はインタビュー対象者に女性が1名含まれていましたが、1名のみだったことに加え、定年再雇用世代においては男性が多くを占めることから、議論の末、女性は分析から除外することにしました。
定年再雇用者と役職定年者では、「役割創造」までのプロセスが異なる
―そうした学問的アプローチによって構築された結果図が、「『定年再雇用者の役割創造』と『影響を与える上司の行動』(図表2)」ですね。今回の調査結果について、とりわけ注目すべきポイントは?
北川:ひとつは、定年再雇用者にとって「定年」という節目は、私たちが想定していた以上に大きな心理的影響を与えるということです。「活躍している再雇用者」は、「役割創造」までに4段階のプロセスをたどっており、第1段階として、定年退職の節目で「ニュートラルゾーン」を経験しています。
「ニュートラルゾーン」とは、心理的に両極に揺れ動く時期のことです。定年退職によって正社員というメンバーシップから外れることに違和感を覚えるわけです。一方で、「まだまだできるという思い」等の、「会社に踏みとどまりたい」という思いもある。この「定年後の違和感」と「会社に踏みとどまりたい」という思いを行ったり来たりする時期を経て、定年再雇用者は第2段階に移行し、「現状を受け入れ」つつ、「仕事の棚卸し」も行ないます。
当初、私たちは役職定年者もこの「ニュートラルゾーン」を経験していると想定していました。ところが、結果は違いました。活躍している役職定年者は、役職定年前と同じように自分はできるという思いや、長年勤務してきた組織で働き続けられるのは恵まれているという感覚が生じることはあるものの、定年再雇用者のような「ニュートラルゾーン」は経験していませんでした。両者の違いは、メンバーシップの有無だと考えられます。役職定年者は役職から外れても正社員であることには変わりないため、現状を受け入れ、好きな仕事ができているという思いや、役職者としての責任から解放されたことへの安堵の思いも挙げられました。これはすなわち、定年によってメンバーシップから外れることが、個人にとって大きなトランジションであることを意味します。
活躍している定年再雇用者には、「役割創造」までに「自己調整する動き」が見られる
岸田:もうひとつの大きなポイントであり、私たちにとって大きな発見は、活躍している定年再雇用者に見られる「自己調整する動き(仕事の量や発言を調整し、定年再雇用者としての立場に合わせて周囲と調和しようとする動き)」です。調査では、定年再雇用者の「自己調整する動き」によって、シニアをリスペクトしている環境、年齢を感じさせない環境など「自らを受け入れてくれる環境」が生まれ、定年再雇用者のモチベーションにプラスに影響していました。さらに、定年再雇用者の「自己調整する動き」はプロセスの第四段階の「現役世代に貢献する動き」に繋がっていきます。尚、「自己調整する動き」も役職定年者には見られませんでした。
(後編につづく)
石山恒貴研究室メンバーPROFILE
岸田 泰則さん法政大学大学院政策創造研究科 博士後期課程 石山恒貴研究室在学。法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻修士課程修了。研究領域は「高齢雇用者を対象にした組織行動論」。おもな論文に「日本における高齢雇用者と若年者雇用の代替・補完関係に関する理論的検討」(『経済政策ジャーナル』No.15,Vol.2、2019年3月)、「高齢雇用者のジョブ・クラフティングの規定要因とその影響-修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチからの探索的検討」(『日本労働研究雑誌』No.703、2019年1月)など。都内民間企業に勤務。
谷口 ちささん法政大学大学院 政策創造研究科 博士後期課程 石山恒貴研究室在学。修士課程では移住を軸とした地域活性を研究。現在はネットワーク理論とメンター理論を基礎とした「デベロップメンタル・ネットワーク」について調査している。キャリアコンサルタント、日本エニアグラム学会認定ファシリテーター、Points of You®︎認定Expert。外資系IT企業、国内流通小売企業で人事業務を経験後、独立。現在は、大学院での学びやこれまでのキャリアを活かして活動中。具体的には、人事関連の企業データ分析およびコンサルティング、小学校・大学でのキャリア教育、各種ワークショップ開催やファシリテーション等を行っている。
北川 佳寿美さん法政大学大学院政策創造研究科研究生、修士(キャリアデザイン学)。専門は「キャリアデザイン(キャリア開発、キャリアカウンセリング)」、「働く人のメンタルヘルス(産業心理臨床、精神保健福祉)」。精神保健福祉士、キャリアコンサルタント。会社員を経て、2015年、コンサルタント・カウンセラーとして独立。キャリア開発に関する調査・研究、企業のキャリア開発プロジェクトへの参加、EAP会社でのカウンセラー教育企業での産業保健活動)を中心に活動中。