2020.10.22 ストーリー
シニア人材役割創造調査研究 #03
法政大学大学院 石山恒貴研究室×ライフワークス シニア人材"役割創造モデル"共同調査研究プロジェクト振り返り座談会(後編)
2018年2月から法政大学大学院政策創造研究科 石山恒貴研究室とライフワークスが共同で実施した「シニア人材"役割創造モデル"調査プロジェクト」の振り返りのために開催された、研究室のみなさんと、当社事業企画部長野村圭司による座談会。後編では、共同調査や産学連携の醍醐味や、シニア人材の活躍に対するメンバーそれぞれの思いについて語っていただきました。
妥協せず意見を交わせる関係性によって、おたがいの「違い」が研究に好影響をもたらした
―岸田さんは「高齢雇用者を対象にした組織行動論」、谷口さんはネットワーク理論とメンター理論を基礎とした「デベロップメンタル・ネットワーク」、北川さんは「キャリアデザイン」、「働く人のメンタルヘルス」を専門に研究されています。みなさん、得意分野が違うんですね。
谷口:違いがあるから、「ああ、そういう考え方もあるのか」と気づかされることが多かったですね。自分にはない視点を得て、「じゃあ、もう1回考えてみよう」と悩むのもまた面白くて。
北川:岸田さんは会社員で組織寄りの視点、私と谷口さんはフリーランスで個人寄りの視点で物事をとらえる傾向があるので、議論を深めていくうえで、両方の視点があることがとても良かったです。ひとりでは絶対にできない研究だったと思います。
谷口:おたがい、すごくたくさん話をしましたよね。直接話した時間も長かったですし、Webでもしょっちゅうやり取りをしていました。夜中に議論が始まって、「とりあえず、明日にしましょうか」なんてことも(笑)。ミーティングを翌日に控えた深夜に、岸田さんから長文のメッセンジャーが届いたこともありました。
北川:モデルがほぼ固まって、明日には決定しましょうというタイミングでしたよね。その時点で考えていたモデルは、結果図とはおもに第3段階以降が違いました。第3段階の「自己調整する動き」が第4段階「現役世代に貢献する動き」につながった後も、上司との関係性や仕事の裁量など「自らを受け入れてくれる環境」があるかによって再び第3段階に戻って同じプロセスを繰り返す...。つまり、プロセスのループを経てチューニングしながら、次第に周囲に認められていくという仮説を立てていたんです。でも、岸田さんから「インタビューから得られたデータには"ループしている"というエビデンスがないのでは」とご指摘をいただいて、私たちも「あ、確かに」と初めて気づかされました。
岸田:会社員としての経験から、「ループをしている」というのも感覚的にはわかるので、私も最初は納得したのですが、エビデンスが見当たらない。これはデータに基づいてもう一度やり直さなければと思ったんです。正直、ほぼ固まったモデルを否定するのは怖かったのですが、思い切ってふたりに話をしました。
北川:岸田さんは研究者としてのキャリアも私たちより長く、学問の世界ではエビデンスが徹底的に追求されるということを、身をもってご存知だったんですよね。実際、翌日のミーティングではループのエビデンスについて教授からご指摘がありました。言いにくいことを言っていただいて、本当にありがたかったです。おたがいが妥協せず意見を交わせる関係性によって、それぞれのバックグラウンドや得意分野の違いが、研究にポジティブな効果をもたらしたように思います。
調査研究の結果が、社会実装されていく面白さ
―今回の調査研究は、ライフワークスとの共同プロジェクトである点も特徴のひとつです。産学連携であることが活動や成果に与えた影響は?
北川:今回の調査では14社39名にインタビューを実施しましたが、ご協力いただいた企業は全てライフワークスさんのお取引先でした。私たちだけでこの規模のインタビューを実現することは難しかったので、大変ありがたかったです。
野村:多くの企業にご協力をいただけたのは、ミドル・シニア社員のキャリア開発に対する企業の問題意識がそれだけ高まっているということでもあります。企業のみなさまが「役割創造®」というコンセプトに非常に共感してくださっていることが印象的でした。
谷口:あとは、何より、自分たちの調査研究がライフワークスさんによって社会実装されていくのを間近で見られることへの期待というか、わくわく感みたいなものがすごくあります。
北川:今回のプロジェクトのアウトプットについてもそうでしたね。論文とは別に、ライフワークスさんが発信する「シニア人材の役割創造実現に向けた提言」をまとめることが最初から決まっていたのですが、私たち研究者は、あくまでも調査に基づいてモデルを作るまでが役割なんですね。「提言」については調査で出てきたものを考察し、「こういうことが言えますよ」とアイデアはご提供できますが、それをライフワークスさんが採用するとは限らない。企業のキャリア開発支援の最前線に立ちあっていらっしゃるライフワークスさんが、最終的にどんな判断をするのか、すごく楽しみでした。
民間企業としては、長期的方向性を見据えつつも、「今、できること」を企業に提案したい
―野村さんは今回のプロジェクトに、唯一民間企業から参加されました。研究室のみなさんとの立場の違いについて、どのようにお考えになっていましたか?
野村:「役割創造®」のプロセスについて学術的に解き明かすことの意義を、みなさんと共有できていたので、立場の違いを意識することはあまりなかったです。ただ、日常的に企業のキャリア開発をお手伝いする身として、企業の生の課題を解決するためのソリューションを見つけたいという思いは強くありました。
岸田:そこが私と野村さんの違いで、面白いと感じていました。「解決したい」とか「提案したい」という思いが私にはなく、単純に「知りたい」がモチベーションなんですよね。だから、研究者として、現場の事情に頓着せず発言をします。
例えば、今回の調査では定年再雇用者だけではなく役職定年者にもインタビューをしていて、データから、定年再雇用者は役職定年者にはない「ニュートラルゾーン」や「自己調整する動き」を経て活躍に至っているということが見えてきたわけですよね。結果図が示す事実はここまでで、その解釈は議論の余地がありますが、「ニュートラルゾーン」や「自己調整する動き」は定年再雇用者にとって「負荷」ととらえることもできる。そうなると、ミドル・シニアの「役割創造」を促すには、そもそも定年再雇用制度自体を見直した方がいいんじゃないかと私自身は考えています。一方、それは日本企業にとって、非常に重い提言ですよね。多くの企業が定年再雇用制度を採用していますから。
野村:その通りなんです。私も定年再雇用という仕組みに問題点は多いと考えていますし、多くの企業もそう気づいています。ただ、定年再雇用制度を廃止し、定年延長制度を導入するには、シニアの職域開発など準備すべきことがあり、性急には踏み切れません。ライフワークスとしては、解決のための長期的な方向性を見据えつつ、今、企業ができることをご提案していきたいと思っています。
「役割創造モデル」を知ることにより、組織が個人の何を支援すべきかが見えやすくなる
―今回の調査の意義をどのようにお感じになっていますか?
谷口:これまで説明されていなかったミドル・シニアの「役割創造」プロセスについて、ひとつのモデルを提示したことが、企業のキャリア支援の前進につながるのではと考えています。組織にとっては、モデルがあることによって個人の何を支援すべきかが見えやすくなると思うんです。この調査結果がミドル・シニアの方々の実際の活躍にどうつながっていくのか、これからも見ていきたいですし、すごく期待もしています。
岸田:「役割創造」を実現するまでのプロセスとして、「自己調整する動き」があるとわかったことにも大きな意義があると思います。「自己調整する動き」というのはポジティブな感情とネガティブな感情があいまった動きだと私たちはとらえており、このプロセスが存在することの是非はともかく、「定年再雇用者が自己調整をしている」という事実に企業が気づくこと自体に意味があると思います。気づけば、果たしてそれは自社にとってどうなのかと考えるきっかけになりますから。
北川:私は「定年」が個人のキャリアにとって確実なトランジションであるということが、学術的な手法に基づくデータから明らかになったことの意義も見逃せないと思っています。「定年」は会社員である限り、年齢を重ねれば全員が経験するものなので、組織では「当たり前」のこととして扱われがちなんですよね。実際、今回の調査でも定年再雇用にあたって、あらためて会社や上司からはっきりとした期待明示やカウンセリングが行われたケースはまれでした。
谷口:「定年」をめぐる状況も時代とともに変化していますしね。ひと昔前は、再雇用で働くにしても退職後は年金をもらって悠々自適で暮らせるという心の余裕が個人にもあったけれど、今は年金の受給開始年齢も後ろ倒しになってそうもいかない。一方で、定年再雇用後も職場や職種は同じということも多いですから、組織としては、ケアの必要性に気づきにくいところがあります。
北川:そうなんです。キャリア理論においてトランジションを乗り越えるための支援は非常に重要視されているにもかかわらず、「定年」をていねいにケアしている組織は少ない。だからこそ、「定年」は個人にとって大きなトランジションであることを広く知っていただけたらと思います。
プロジェクトを終えた、メンバーそれぞれの思い
―最後に、今回のプロジェクトを振り返ってお感じになっていることをそれぞれお聞かせいただけますか?
岸田:今回のプロジェクトに参加するまでは、定年再雇用者と役職定年者の置かれている状況の違い、つまり、正社員というメンバーシップから外れているかどうかが、個人にとってここまで大きな要素だとは認識していませんでした。日本の企業におけるシニア人材をめぐる問題の根深さを知り、シニアのキャリア開発を研究する意義をあらためて感じました。
今回の調査は大企業に勤務する会社員が対象だったことから、結果的にホワイトカラーの男性に焦点を当てた研究になりましたが、女性やブルーカラーのシニアの活躍についてもより気になっています。今後、新たに研究したいテーマも見つかり、ライフワークスさんには貴重な機会を与えていただいたと感謝しています。
また、インタビュー調査を通してさまざまな方のライフストーリーに触れられたのが、非常に勉強になりました。長く活躍されている方というのは相応の哲学や知恵を持っていらっしゃり、キャリアの研究者としてもうなずかされるものがありましたし、個人的にも研究や仕事をしていくうえでのよりどころとなるような言葉をいただきました。
谷口:とにかく楽しいプロジェクトでした。私はもともとシニアのキャリアについては専門外なんです。同じ研究室の岸田さんが研究されていることは知っていたので、関連論文を読んだりはしていましたが、その程度でした。ですから、専門外のことをやるというのがとても新鮮で、面白かった。実は、自分の研究に少し行き詰まりを感じていたのですが、共同研究という形で専門外の研究に携わることで、専門分野に生かせる新たな視点を得たりもしました。それから、専門分野やバックグラウンドの違うメンバーが集まって議論をしたり、データ分析を行うというのはクリエイティブな作業で、毎回、ミーティングが待ち遠しかったです。
今後も、このテーマには何かしらの形でかかわっていきたいですね。現在のシニア人材が活躍するための対策は、今回の調査をもとにある程度考えられると思うのですが、5年後、10年後には対応できない可能性もあります。シニアを取り巻く状況は変化していきますし、先ほどお話に出たように、定年再雇用制度自体も見直すべき点があることがすでにわかっているわけですから、私と同世代の40代の人たちがシニアになったときに今のままでいいはずはないという問題意識を持っています。
北川:シニア人材が活躍するためのプロセスを明らかにすることにより、組織の課題が具体的に見えたことがすごく良かったと思っています。最近、活躍できていないシニアが「働かないおじさん」と呼ばれたりもしていますが、それは個人の問題ではなく、組織の構造的な問題であるケースが多いのではないでしょうか。つまり、シニア人材の活躍を考えたとき、多くの日本の企業が組織の構造的な問題を抱えているということです。
一方、そんな状況下でも、今回の調査でお話をうかがった方々は「自己調整」をしつつ活躍しようとし、実際に周囲から評価されていました。その姿勢自体は、やはり素晴らしいと感じました。だからこそ、組織も個人がさらに活躍しやすい環境へと変わっていく必要があると思います。
野村:当社では「役割創造®」というコンセプトのもとシニア人材のキャリア開発を支援し、独自のノウハウを構築してきました。今回のプロジェクトでデータ調査を実施し、「役割創造」のプロセスを解明できたことによって、お客さまに科学的なエビデンスを持った提案をできるようになったことが大変うれしいです。今後は、この研究で明らかになったことを多くの企業の支援につなげ、さらに、その効果をみなさんとともに検証して、ブラッシュアップするようなこともできればと構想を膨らませています。
石山恒貴研究室メンバーPROFILE
岸田 泰則さん法政大学大学院政策創造研究科 博士後期課程 石山恒貴研究室在学。法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻修士課程修了。研究領域は「高齢雇用者を対象にした組織行動論」。おもな論文に「日本における高齢雇用者と若年者雇用の代替・補完関係に関する理論的検討」(『経済政策ジャーナル』No.15,Vol.2、2019年3月)、「高齢雇用者のジョブ・クラフティングの規定要因とその影響-修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチからの探索的検討」(『日本労働研究雑誌』No.703、2019年1月)など。都内民間企業に勤務。
谷口 ちささん法政大学大学院 政策創造研究科 博士後期課程 石山恒貴研究室在学。修士課程では移住を軸とした地域活性を研究。現在はネットワーク理論とメンター理論を基礎とした「デベロップメンタル・ネットワーク」について調査している。キャリアコンサルタント、日本エニアグラム学会認定ファシリテーター、Points of You®︎認定Expert。外資系IT企業、国内流通小売企業で人事業務を経験後、独立。現在は、大学院での学びやこれまでのキャリアを活かして活動中。具体的には、人事関連の企業データ分析およびコンサルティング、小学校・大学でのキャリア教育、各種ワークショップ開催やファシリテーション等を行っている。
北川 佳寿美さん法政大学大学院政策創造研究科研究生、修士(キャリアデザイン学)。専門は「キャリアデザイン(キャリア開発、キャリアカウンセリング)」、「働く人のメンタルヘルス(産業心理臨床、精神保健福祉)」。精神保健福祉士、キャリアコンサルタント。会社員を経て、2015年、コンサルタント・カウンセラーとして独立。キャリア開発に関する調査・研究、企業のキャリア開発プロジェクトへの参加、EAP会社でのカウンセラー教育企業での産業保健活動)を中心に活動中。